七十五話 王都からの脱出
大樹ダンジョンに入ったところで、篤紫は足を止めた。
見た限り、状況が全く掴めなかった。国王のレイスが数人の男に刃物を向けられているのはわかった。しかし、王妃のユリディナーレと王女メルディナーレが、視界の中に見当たらなかった。
篤紫の立っている横を、数名の騎士が静かに大樹ダンジョンから出て行った。そのあとで、静かに扉が閉じて、扉が真っ白に変わった。扉が外側からロックされたらしい。
何だろう、手際が良すぎるぞ?
「宰相か王妃はどこだ? 国王を人質に取っているんだが……」
状況が把握できていないのか、刃物を突きつけた襲撃者達の方が戸惑っているように見える。篤紫にも状況がわからなかった。首を傾げる。
「お前達は、辺境伯の手の者だな?」
後ろ手に縛られて、あぐらをかかされているレイス王が、ゆっくりと告げる。その顔には怯えや諦めの色は無かった。
遠巻きに見ている魔王国とアーデンハイム王国の民も、息を呑んで行方を見ている感じだ。それにしても、どっちの国も要人が見当たらない。いったいどこにいるのだろうか?
「うるさい。人質は黙って項垂れてればいい……」
「それはかまわんが、お前達の目的は国を手に入れることなのだろう?
既に目的は達成しつつあるはずだが、何故このような愚行をする」
「まだだ。王妃と王女の解放が終わっていない」
「解放? そもそも辺境伯は王妃の妹だろう。いなくなれば問題ないだろうに」
「王印を王妃が持っているはずだ。目的はそれだけだ」
つまり、国を乗っ取るためには王印がないと、本質的に不可能だと言うことか。王印を、王妃か王女が持っていると踏んだわけか。
それを聞いて、レイス王は突然笑い始めた。
「何を言うかと思えば、そんな物はそもそも持ってきておらんよ。王城の執務室、定位置に置いてきた。オレにはもう必要が無いからな」
「なん……だと……?」
「そもそもだ――」
レイス王が忽然と、襲撃者の間からかき消えた。
「襲撃は弱者を狙うべきだろう」
「……どわっ!」
篤紫の横にレイス王が何事も無かったかのように顕れた。同時に民衆の間から、剣を持った男達が出てきて襲撃者を取り囲んだ。民衆に紛れ込んでいた騎士なのか、足運びがなめらかだった。
襲撃者達は一ヶ所に集まって歯ぎしりをする。
「ちなみに外部とは隔絶済みだ。援軍は望めんぞ」
「くそっ……」
何だろう、これって茶番なのだろうか。計画されていた襲撃なのだろうけど、国王側が上手だったようだ。
そう言えば、夏梛とリメンシャーレだけで無く、ヒスイまでいない。
「取引をしよう、命までは奪わん」
「くっ、どういうことだ……」
あっという間に、形勢が逆転していた。どうも、さっきから喋っている男が襲撃者側のリーダーらしい。正直、作戦が稚拙すぎやしないか?
「城は完全に明け渡そう。王印は執務室、机の上にわかるように出してある。
こちらとしては、今も外で待っている王都の国民が、ここに避難できればいい。あとは、辺境伯あたりが好きに治めればいいだろう。
北の魔物はいない。魔王国も既にもぬけの空だ。条件は揃っているはずだが……ただし、王都の民の避難が終わるまでは、大人しく王城に入っていてもらうが」
「……はっ? 正気かレイス王」
襲撃者のリーダーは、戸惑いを隠せないでいた。それもそのはず、レイス王の方から王城を占拠していいという許可が出たわけだ。彼らにすれば王城さえ確保できれば、そのまま籠城するだけでいい。
「王都の民の中にも、このまま都に残る者もいるだろう。領都を含め、全国民に通達は行ったはずだ。あとは、個々の判断によって動くといいだろう」
「なあ、いつの間にそんな話になっていたんだ?」
篤紫がレイス王に声をかけると、いい笑顔を向けてきた。
「夏梛殿に助力を願った。頭が良く切れる娘だな。
謀反勢力は前々から知っていた。このタイミングで仕掛けてくることも、予測してはいたが。さすがにオレを人質にするなどという愚行を働くとは思わなかった」
「ちなみに王妃と王女は?」
「魔王国の民に紛れているだろう。
最初は相手の姿に驚いていたが、すぐに馴染んだようだ。魔王国の民にしてみれば、こちらは子どものような年齢だからな。下手すれば孫の感覚で愛でられているのだろう」
逆にそのおかげで最悪の事態は逃れられたと言うことか。
納得するとともに、運が良かったと思う。魔王国から先に寄ったことで、襲撃側にしても、レイス王しか人質に出来なかったようだ。
その後は、今度こそ滞りなく事が進んだ。
騎士達が襲撃者達を囲んだまま大樹ダンジョンから出ると、外でも同じように襲撃者の仲間達が囲まれていた。
そのまま城まで連れて行き解放した。
爵位持ちの貴族がそれぞれに派遣した刺客だったようで、全員が互いに顔を見合わせて城に入っていく姿は、何とも滑稽だった。恐らく、もっと抵抗があって苦労すると思っていたのだろう。
その後、冒険者ギルド長の提案で、馬車を冒険者ギルドの前に移動させた。
それに合わせて、避難場所も移動したことになり、城からは貴族の刺客以外に誰も居なくなった。その時点で、それぞれの主に連絡が行ったと思われる。
やがて、城を囲っていた騎士団も大半が引き上げていき、一番近い男爵領のエルジャン男爵が先に入城したと聞いた。
そして翌日の夕方には、馬車は王都から忽然と姿を消した。
「ここが魔物の巣窟か。とてもじゃないが、オレはここまで来ることができなかったな」
クレーターの縁で、その窪みに圧倒された様子でレイスが頷いていた。まだ太陽が低いため、底の方は真っ暗で何も見えない。
近くには馬車があって、後部の扉は全開になっていた。その周りでヒスイが、ゴーレムを引き連れて散歩していた。
「ここまで来ても、ダンジョンは無かったんだけどな。ただ、ヒスイのおかげで何とかなったから良かった」
篤紫の足下まで来ていたヒスイが、首を傾げて篤紫を見上げてきた。思わず頭を撫でると、ひんやりとした感触が手に伝わってきた。
「オレからもお礼が言いたい。ありがとう」
レイスが頭を下げると、ヒスイは首を何回か縦に振って応える。レイスの顔に笑顔が浮かんだ。
「しかし、次の一手が分からないのだな?」
「ああ。星のコアにこの世界に入る方法を聞いて入ったんだが、肝心の戻る方法が分からないんだ。
もともと異常を排除するためにここに来たんだけど、異常の原因も見当が付いていない」
「しかし荒唐無稽な話だな。ここが篤紫殿の妻である、桃華殿? の中の世界だという。確かにここに召喚された時に不思議な世界だとは思ったが……。
ただ異常という意味では、もしかしたら我々のことかもしれんぞ」
「ん? どうしてだ、ちゃんと会話もできるし、おかしなところは何もないだろ」
篤紫は思わず首を傾げた。
そんな篤紫に、レイスは楽しそうな笑い声を上げた。
「この世界は、すべて筋書き通りに話が進むのだろう?
だとすればオレとユリディナーレは、異端なんだ。確かに筋書き通りに魔王国に向かい、魔王と対峙まではした。ただオレは、魔王を倒していない」
「いや問題ないだ……そうか。おかしいな、確かに」
「オレの前代の勇者は、間違いなく魔王を倒している。今の魔王ペアチフローウェルは、その後を継いだ魔王だ。
そして、ペアチフローウェルは、オレが対峙した魔王だ」
時間的なものも含めて、全く意味が分からない。
確かペアチフローウェルは、二万五千年前に魔王を引き継いだと言っていた。
「出発前に、ユリディナーレには魔王を倒さずに、対話すると話をした。その時、オレとユリディナーレは、二日程意識が戻らなかった」
「強制力が働いたというのか?」
「恐らくな。そして篤紫殿が来てから、その強制力が徐々に弱まっていった。
今回、馬車に入らなかった連中は、恐らく強制力が働いたままなのだろうな」
何かが、すぐそこまで答えが出かかっているのに、出てこない感じだ。
つまり向かうべきは、ここの場所じゃ無いのか。
てっきりここにエネルギーの歪みが出ていて、桃華の外に出られると思っていたのだけど、違うと言うことか……。
『篤紫殿……』
篤紫とレイスが悩んでいると、馬車から出てきたクランジェが話しかけてきた。
『お探しの場所かははっきり分かりませんが、原初の魔王が生まれ落ちた場所に向かわれてはいかがでしょう?』
思わず篤紫は、レイスと顔を見合わせた。
「何かヒントがあるのか?」
『はい。原初の魔王であるコーディアル・パープルは、アーデンハイム王国の森の中で生まれ落ちたと。百万年前に本人より聞いております。
姿は篤紫殿と同じですが、背中に三対の翼を持つ神々しいお姿だったのを、今でもはっきりと覚えております』
篤紫は戦慄した。
それ、間違いなく俺だわ。




