六十一話 魔王ペアチフローウェル
突然時間が動き出した。
気まずい空気が流れる。
正直急いでいて、尖塔の部屋に誰かがいることを確認する余裕は無かった。そもそも、彫像のように固まっている相手に、気づけという方が無理なのだけれど。
「貴方たちが、メルディナーレを救ってくれた冒険者の方々ですか?」
メルディナーレの横にいた年配の女性が、優しそうな声で問いかけてきた。その声色に反して、力強い意思を感じた。
髪が後ろに束ねられているだけのメルディナーレと違って、その女性の髪は頭頂に結い上げられていた。女性は王族にしては珍しく、装飾が少ない質素なドレスを身に纏っていた。
篤紫は一歩前に出て、夏梛とリメンシャーレを後ろに下がらせた。
立ち位置は、冒険者で伝わっているのか。それならば、言葉遣いは違う意味で気をつけなければいけない。
「初めまして、王妃様……かな? 俺たちは、その冒険者で間違いないよ。
俺は白崎篤紫だ。少し前に魔王に追われて、その窓からこの部屋に入った。突然の侵入は、すまないと思っている」
「えっ、お……おとうさん?」
後ろで夏梛が狼狽えているのが分かる。
女性は話の途中で一瞬目を見開いたものの、篤紫のぶっきらぼうな物言いには特に気にした様子もなく、微笑みを湛えたまま何回か頷いていた。
「やはり……魔王ペアチフローウェルが復活していたのですね。
それと、名乗りが遅れて申し訳ありません。私は先代勇者の妻であり、この国の王の妃をしているユリディナーレと申します。
先日は、娘のメルディナーレの窮地を助けて頂いたようで、重ねてお礼を申し上げます」
ユリディナーレは、立ち上がると深く頭を下げてきた。しばらくして頭を上げると、再び椅子に腰を下ろした。
「やはり、とは。何か兆候でも掴んでいたのか?
それと……先代とは、どういう意味が含まれているんだ」
「体調が優れず、座してお話しをさせて頂くことを、どうかお許しください。
まず兆候ですが、昨年辺りから魔物が活性化していました。昔からの言い伝えで、強力な魔物が増えるときには魔王が復活し、それに伴って勇者が現れると言われています。
先代勇者は我が夫であり、現在の国王です。三十年前の魔王復活の折に、異界より馳せ参じて、この世界を救って頂きました」
何とも、ベタな物語だと思う。
ただ、篤紫が書いた物語が再現されていると思っていたのが、かなり色が変わってきたように感じた。
「ちなみに、現国王の名前を聞いてもいいか?」
「はい。国王はレイス・アーデンハイム。聖斧スコップを携えて、ニホンと言う国から来たと聞きました」
夏梛とリメンシャーレが息を呑んだのが分かった。
その後、篤紫たち三人は、迎えに来た侍女とともに、長机がある豪華な部屋へと案内された。恐らく、国賓と対談する時に使われる部屋なのだろう。応接室とは違って、壁際には棚がなく、壁も装飾のみで何も掛けられていなかった。
入ってすぐの椅子に案内されて篤紫たちが座ると、ユリディナーレとメルディナーレは対面側の端の椅子に並んで座った。
程なくして、向かい側の扉からレイス国王と思わしき男性が、ポルナレフとともに部屋に入ってきた。
「娘を助けてもらったと聞いている。心から感謝する」
篤紫の目の前まで来ると、椅子を横に引きその場で深く頭を下げてきた。そして、あらためて篤紫の向かいの椅子に座った。
見たところ年の頃は五十歳前後だろうか。黒髪黒目で、日本人らしい顔つきをしていた。その額には、青い綺麗な宝石が、まるで第三の目のような形で埋まっていた。
「オレの額の石が珍しいのか?」
篤紫が見ていたことに気がついたのだろう。レイス国王は優しい笑みを浮かべて、指先で額の宝石に触れた。青い光が、まるで水が流れるかのように溢れ出して辺りを青く染める。
それに呼応するかのように、体が芯から軽くなるのが分かった。これは、癒やしの力を持った魔力か。
「この世界に来る前に、女神によって額に埋め込まれた。これが勇者の証であると同時に、どんな傷を負っても即座に癒やす神の石だと言われた。
実際に魔王の軍勢と戦ったときに、これには何度も助けられたよ。この光だけで、魔物や魔族を弱体化されられ、さらに弱い魔物は瞬く間に消滅していった。
ちなみにオレの頭蓋骨自体が、全てこの石になっているらしい」
レイス国王が額の石から指を離すと、部屋に漂っていた青い光がゆっくりと消えていった。
篤紫は、机の端に座っているユリディナーレに顔を向けた。
「つまり額に石がある者が、今代の勇者だというわけか」
「はい。私の父上でもある先代の国王の額にも石がありました。その時代にも魔王が現れて、現国王のレイスが勇者として女神より遣わされました。
もっとも、今回は魔王が活性化しているにもかかわらず、未だに勇者は現れていませんが……」
ユリディナーレが隣のメルディナーレに視線を向けると、メルディナーレが悲しそうな顔で、少し顔を伏せた。この流れだと、次の勇者がメルディナーレの伴侶として、最終的に国王になる流れなのだろうか。
その後、メルディナーレを助けたことに対する報賞の話になったけれど、当然ながらお断りした。そもそもが、桃華の中にあるバグ探しが目的なので、当初今回の謁見もシナリオの一環だと思っていた。
最終的に、篤紫たち三人を国賓扱いにする条件のみで話がまとまった。それだけはどうしても断らせてもらえなかった。
「ところで、魔王ペアチフローウェルと遭遇した話を、聞かせて貰いたいのだが……」
レイス国王が心配そうに聞いてきた。
篤紫は夏梛とリメンシャーレの顔を見ると、まず時間が止まった辺りから話し始めた。生き物だけが移動も破壊も不可能な状態で、丸一日と少し動きが止まっていたこと。
途中でリメンシャーレに話を交代してもらって、魔王ペアチフローウェルが現れたところから、街を破壊しようとしていたことまで話をして貰った。
そして再び篤紫に変わって、尖塔に立てこもり、しばらくして居なくなったこと、そのあと時間が動き出した所まで話をした。
ただ、コーディアル・パープルに関しては、あえて伏せることにした。何となく篤紫には思い当たる節があった。
「ありがとう。参考になった。
ただそう言うことならば、当面は安全と言ったところか。現に何も破壊されていないことを見るに、勇者が直接討伐に赴かないといけないのだろう」
最終的に、魔王ペアチフローウェルに関しては、保留する話になったようだ。勇者も見つかっていないし、接触したという話は今回の篤紫が初めてのようで、現状は対応ができないというのが理由だった。
そして報酬の一つとして、郊外の別荘を借りることになった。別荘を管理していた侍女も全て引き上げ、アーデンハイム王国に居る間は、自由に使って欲しいと言われた。この辺り、レイス国王がもと日本人と言うことで、色々気を利かせてくれ感じだった。
ちなみに篤紫たち三人が異世界人だという話をしたところ、稀に異世界から迷い人が世界渡りをしてきていて、異世界人自体もそれ程珍しくないようだった。特別なのは、額に石がある勇者だけのようだ。
あのあと別荘の準備もあって、午後の間アーデンハイム王国の城下町で色々と情報を集めてまわった。冒険者ギルドにも寄って、Gランクのギルドカードを発行して貰うなどの、多少のイベントはあったものの、市井では特に魔王の噂話は出ていないようだった。
夕方、城に顔を出したときに別荘の準備ができたという話だったので、さっそく別荘に足を運んだ。
三人で夕食を食べたあと、リビングで今後のことを話し合うことになった。
「取りあえず、ここら辺で一旦、状況をまとめてみるか」
「うん、わかったよ」
「はい。わかりました」
『そうね。それがいちばんいいわね』
篤紫は横を見た。
漆黒の翼に、側頭に生えた大きな巻角。昼間着ていた漆黒の鎧は、今は漆黒のロングドレスに替わっていた。隣の椅子に腰掛けて、いつの間にか篤紫が呑むようにお茶を淹れてあったコップを、優雅に口に運んでいた。
篤紫は、気付かないふりをして、正面に座っている夏梛とリメンシャーレの方に顔を向けた。当然ながら、二人の顔が引きつっていた。
どうしよう。
魔王ペアチフローウェルが来たみたいだよ?
魔王様が参上したらしい……。




