開幕
初めましてNOZAKIです。この度不定期ながらシリーズ物を投稿させていただきます。稚拙な文章力ではございますが何卒楽しんでいただけたらと思います!
「見えた!あの壁に囲まれたとこがラナの街だよ!」
緑髪の少女の声がそう叫ぶ。低い男性の声が「あぁ」と無愛想に答える。少し長めの髪を風で揺らしながら重そうな足取りで歩き続けている。
「早く〜!もう疲れちゃった!」
またも男が「あぁ」と答える。少女は無愛想な反応に不貞腐れたりすること無く街の方へ駆け足で向かう。
「…元気だな」
男が小さな声で呟いた。少しばかり早足で歩き始める。
「ブラッド、早く!」
「ユカナうるさいぞ。子供じゃねぇんだ」
男の名前はブラッド。少女の名前はユカナ。二人は一緒に旅をしている。
「まだ17歳だもーん。子供ですよー」
「拗ねんなよ…悪かったな」
ブラッドが面倒くさそうに謝る。ユカナがしてやったりと言わんばかりの顔を見せるがきっと慣れているのだろう。ブラッドは何も言わずため息をついた。
ブラッドは考古学者を自称しており、世界中を旅して「ある歴史」について調べている。ユカナは道中で出会った付き添い人である。
「でもさぁ、ラナの街に歴史資料とかあるのかな」
「ねぇよ。ラナの街に寄るのは宿の為だ」
「ないんだ…。宿の為って…いいの?いつもは良い顔しないじゃん」
「お前散々俺に宿に泊まろうって…ついさっきだってそう言って文句つけといていざ宿取るってなるとそれ言うのか?」
「え!?えーっと…そんなつもりじゃ…」
「冗談だよバーカ」
ブラッドにカウンターを喰らったユカナが頬を膨らましブラッドの胸をぽかぽかと叩く。それを軽く流しブラッドは街の門番に話しかける。旅人である事を伝え中に入れてもらう。
「わぁ…街だ!なんか久しぶりかも!」
「そうだな。最後に街に寄ったのは6日前か。どれ…早速宿を取ろうぜ」
ブラッドが手際良く事を進めようとするが…それを阻む者がいた。ユカナだ。いつの間にかユカナが姿を消していたのだ。
「…あんのバカ!」
ブラッドが叫びながら街を走る。ユカナがどこにいるか大体検討がついていた。近くのブティックに入る。
「わー!この服オシャレ〜!こっちのもいい!…あっ!ブラッド!これとこれどっちが良いかな?」
「どっちが良いかなだぁ?俺は左の方が好みだ…じゃねぇよボケ!宿取るって言ってんだろうが!早く宿取んねぇと部屋無くなるぞ!」
「えーでも…」
「でもじゃねぇ!おちょくってんだな?お前俺をおちょくってんだろ?なぁ?」
「うん」
「いや認めんのかよ…」
ブラッドとユカナはいつもこんな感じでお互いをおちょくり合いながら旅をしている。基本的に真面目な性格のブラッドが負ける事が多いようだが。
「宿でしょ。ちょっと待ってね。ブラッドが選んでくれた方買ったらすぐ行くから」
「はいはい…。早く済ませろよー」
服を購入しユカナが戻ってくると「早く行こ!」とブラッドの右手を引っ張る。勢いでブラッドが転びそうになるのも無視して走るユカナ。ブラッドは彼女をこう評価している。悪気のないマイペースで人を引っ張り回すとんでもない奴…と。
宿屋に着くと早速手続きに取り掛かる。
「二人部屋空いてるか?」
「えぇ空いてますよ。…ダブルベッドの部屋がよろしいでしょうか?」
「じゃあそこで!」
「待て待てなんでだよ。ツインルームねぇの?」
「…いやーすみませんいまちょっとほかのへやうまってまして」
「おい棒読み店主ふざけんなよあんたさっきダブルベッドの部屋がって言ったよな。がって」
「ゴホン…。真面目に申し上げますと当店でお二人が泊まれる部屋はダブルベッドの部屋しか空いてないんですよ…。すみません…」
何だそういうことかよとブラッドが落ち着きを取り戻しながら言う。ユカナは少しニヤニヤしている。
「ダブルベッドかー…。ブラッドにあんな事やこんな事され」
「うるせぇアホ。はぁ…ダブルベッドの部屋で良いよもう」
「かしこまりました。部屋番号205となります」
諦め半分の声でダブルベッドの部屋を承諾する。ユカナは変わらずニヤニヤしていた。
「はぁ…。これ余計疲れるんじゃねぇのか?」
とにもかくにも部屋へ向かう二人。扉の鍵を開け部屋を覗くと想像していたよりは広い部屋が二人を待っていた。
「おぉ…思ってたよりいい部屋だね」
「そうだな。ダブルベッドじゃなければ尚良しだったんだが」
何かにつけて文句を言うのはブラッドの悪い癖である。ユカナはもう気にしないことにしていた。
「これからどうするの?」
「テキトーに過ごすよ。お前も自由行動でいいぞ」
「いいの?じゃあお言葉に甘えさせて頂きますっと!」
そういうとユカナは部屋を飛び出して行った。ブラッドは一度ベッドに横たわるとすぐ身体を起こし自分の荷物を漁り始めた。
(さて…今まで集めた資料を整理するか)
袋の口を開けメモ用紙を一枚一枚丁寧に閲覧する。胸ポケットから新たにメモ用紙を取り出すとつらつらと何かを書き始める。
「…やはりというか、あの大戦は何か大きな理由のために行われた…?歴史じゃマーテリアの暴走が原因だと言ってるが…」
考古学者らしく、調べたメモから考察を進める。
大戦。それは150年前に起きた世界中を巻き込んだ最悪の戦争だった。事の発端はマーテリアと呼ばれる国の異常な発展だった。元々マーテリアは機械文明に長けており他の国と比べても頭一つ飛び出た発展度だった。だが…ある日を境にマーテリアは軍事国家となった。今まで培った機械文明を全力で取り入れ、そしてマーテリアはもうひとつ最悪の物を作り出した。その名はインビンシブル。理性の無い全身が異形化した人型の生体兵器だ。とんでもない力を持ち、どれだけ攻撃を加えても死なず、それでいて素早い。最強で最悪の兵器だった。マーテリアはそんなインビンシブルを従え様々な国へ攻撃を仕掛けた。
「インビンシブルとマーテリア軍の侵攻で滅んだ文明もある…か。魔法使い達が消えたのもこの大戦のせいらしいが…まぁそれはユカナが証明してるか」
ユカナ…。彼女は大戦で滅んだ文明…魔法使いの血族である。滅んだといっても完全に滅んだ訳では無い。数はもう殆どいないが魔法使いの一族はどこかでひっそりと生きているらしい。ちなみに魔法使い達は長寿の人種である。ユカナはまだ17歳だが、ほかの魔法使いにはもしかしたら150を超えている者もいるのかもしれない。
「インビンシブル…か。伝えられてる歴史じゃ最終的にマーテリアに反乱を起こしマーテリアを滅ぼして大戦に終止符を打ったって言うが…まぁここはもっと調べないと分からねぇか…」
インビンシブル達は今もなおどこかで生きているらしい。つい最近までは各地で出没し無差別攻撃を行っていたがここ最近はめっきり現れていない。
ブラッドは右手を握りしめて窓から外を眺めた。
「はーい皆さんご注目!魔法使いユカナのマジックショーだよー!」
外ではユカナがマジックショーと称し魔法を披露していた。魔法使いが殆ど滅んだとされる今魔法を扱える者はいないに等しい。だがユカナはその魔法使いの一族の生まれ。魔法を扱うなど造作もない事だった。大衆の前で魔法を披露し、お金を貰う。ちゃっかりした彼女の集金方法だった。
「まぁあれが俺達の資金になってるわけだし…あれをやるのはあいつの勝手だしな…」
部屋からユカナのマジックショーを覗きなんとなくそう呟く。考えてみれば自分達の旅の資金は彼女が調達しているのだと改めて思ってしまったブラッドだった。
「皆さまご視聴ありがとうございました!良ければこちらにお金を入れてください!私が喜びまーす」
魔法を初めて見た人達は感動からかすぐ金を入れた。もはやこれは罪だなとブラッドが呟いた。
「あぁ…?あれは…」
窓から外を眺めているブラッドが何かを見つけた。
「あれは…。あの服、国の調査団じゃねぇか?なんでこんな所にいやがる」
調査団とは国の命令で動き、事件や事故、異変が起きた時等に率先して動く連中である。なんでそんな連中がこんな辺境の街にいるのだろうか。
「まさか…な」
ブラッドの脳裏に1つの可能性を過ぎるが気にしない事にした。
ユカナはマジックショーを終えたあと、貰ったお金を財布にしまい宿に戻ろうとしていた。
「これだけあれば次の街に目指すための資金としては充分でしょ!はやく戻らないと…」
準備を終え歩き出したその時、肩を何者かに叩かれた。
「ん?どちら様ですか?」
「私は調査団だ。少し聴きたいことがある」
少し顔が強張るユカナ。調査団の男は話を続けた。
「最近、この街の北…ラナの森にインビンシブルが出現したという報告があった。なにか知らないかね?」
「インビンシブル…?知らないわ。どうして私にそんな事を…」
「ラナの森からこのラナの街に来るには二日かかる。君達は今日この街に着いただろう?実はな、インビンシブルの出現報告があったのも二日前なんだ。だからこうして聞いているんだよ」
「はぁ…そうですか。残念ながら私は何も知らないです。お力になれず申し訳ございません」
「ぷふぅ…そうかそうか。ラナの森はそこまで広くない。道も一本しかない。ホントに出現していたなら分かるはずなんだがねぇ…。協力感謝しよう。それではな」
調査団の団長と思われるパイプを咥えた太っちょの男はドスドスと音を立てながらその場を後にした。ユカナは即座に宿に戻った。
「ブラッド…」
「知ってる、調査団だろ。窓から見てた。」
「疑われてる。どうする?」
「どうするも何も俺は寝る。明日の朝出発なんだからお前も休んどけよ」
「そんな!?私達疑われてるんだよ!?多分夜中にはここに来るだろうし…」
「来るからなんだよ。なんかあんのか?なんもねぇだろ…なんもよ…」
「…っ」
ユカナはブラッドに念の為明日の早朝に出発しようと提案し、床についた。
その夜。ブラッドは何か物音のようなもを感じ、目を覚ました。
「部屋から…ではねぇな。外か」
物音に対し聞き耳を立てる。音の正体を探り始める。
「この音は…門の開く音か?」
通常、こんな夜中に門が開くのは無い。なにか緊急の伝令でも来たのだろうか。もしくは…。
「見に行くか」
ベッドから身体を起こし…と思ったがなんだか身体が上手く動かない。
「…あぁ?」
ふと重量を感じ、自分の右腕を見る。
「すぴー…すぴー…」
「こいつ…なんで俺の腕を勝手に抱き枕代わりにしてんだ…!」
案の定ユカナだった。ユカナが右腕をいつの間にか抱き枕代わりにしていたのだ。
「離しやがれ」
ユカナを振りほどき今度こそベッドから身体を起こす。
「んん…ブラッド…?」
流石に目が覚めたユカナが目を擦りながら身体を起こす。
「外で怪しい物音があった。少しだけ見てくるから寝てろ」
「ふぁ〜…私も行くよ。ブラッド1人じゃすぐ手荒な事しそうだし」
「…勝手にしやがれ」
ブラッドは足早に宿を出ると音のした南門へ歩き出した。
「流石に夜は冷えるな」
「さっきまで布団に入ってて身体が暖まってるのもあるけどね」
身体を少し震わせながら歩く二人。南門まではあっという間だった。
「これか」
「特に異常は無いみたいだけど…。開いた音がしたの?」
「そうだ。だが…人ひとりいねぇな」
暗闇のせいであまり見えないが松明に照らされた門は特に大きな異常は無いように見えた。人ひとり居ない門を見てブラッドが帰ろうとした…が。ユカナに引き止められた。
「なんだよ」
「人ひとり居ないって…おかしくない?だって門番は…どこに行ったの?」
ユカナの指摘ではっとなる。改めて門の付近を見渡す。確かに門番がいない。
「こいつは一体…!?」
「何か嫌な予感がする!街の人を起こした方が…!」
だが、遅かった。門のすぐ側…少し大きめの住宅から手が伸びてくる。それは角を掴み、その角から顔を覗かせてきた。
「トロールだと!?バカな!?」
「なんでトロールがここに!?」
ブラッドもユカナもこれは想定外だった。基本洞窟の奥底で暮らすトロールがこんな所までやって来ている事が彼らに取って想像のできない事だったからだ。
「ユカナ!街の住民を起こせ!起こしたら教会に連れて行け!」
魔物は神の加護を受けている教会には近づきたがらない。避難場所としては持ってこいの施設だった。
「わ…分かったけど教会ってどこ!?」
「クソ!街の地図くらい頭に入れておけよ!壁際の階段登ったら少し進んだ右手側だ!」
ユカナに指示を送るとブラッドは腰の剣を取り出し戦闘態勢に入る。別段ユカナが戦えない訳では無い。むしろ考古学者のブラッドと魔法使いのユカナじゃユカナの方が魔物討伐に有力である。
…あくまでただの考古学者だった場合ではあるが。
「みんな!!!魔物が街に入り込んだ!!トロールが入り込んだの!!」
ユカナの声で住民達が起き上がる。すぐさま全員家から飛び出してくる。目の当たりにする光景はブラッドが剣を構えトロールと退治する場面であった。
「はぁ!」
ブラッドが剣を振る。剣技を習った訳では無いので拙い素人の振りではあるが、魔物を威嚇するには充分だった。
「ブラッド!!街のみんなは教会に避難したよ!」
「オーケー、手伝えユカナ!」
ブラッドの手助けに入るユカナ。だがどうやら敵は一体では無いらしい。北門からも別の魔物が入り込んできた。
「…!オーク!」
「なに!?クソが!門番は一体どこ行ったってんだよ!」
南門からはトロール一体、北門からはオークが二体。普通に考えたら絶望的なシチュエーションである。実際この2人にとっても中々厳しい戦いだった。ユカナの初級魔法はお世辞にも効いてるとは言えず、ブラッドの剣も敵に届かない、もしくは届いたとしてもかすり傷程度のダメージしか与えられなかった。それどころかトロールの攻撃を防いだ際に剣が折れてしまった。
「これじゃジリ貧だな…」
「ブラッド…どうするの?」
ユカナが何かを提案したそうにブラッドの方を見る。ブラッドは息を大きく吸うとユカナに向かって話し始めた。
「多分…住民には見られると思う。そうなったら…街には居られない。今夜野宿になっても良いって言うなら俺は…やるぞ」
ユカナは少しだけ考えたあと
「大丈夫。きっとどうにかなるよ!」
と元気よく答えた。
ブラッドが頷くと気合を入れ直すかの様に雄叫びをあげる。右手を強く握り左手で右肩を抑え何かに備えるかの様なポーズを取る。途端右腕が段々と形を変え始めた。少しずつ「異形化」し始めたのだ。
「あああああああああああああ!!!!!!」
ブラッドの右腕は完全に異形化し、禍々しい何かへと変貌を遂げていた。そう、彼は件のインビンシブルなのだ。既に記述されてるインビンシブルの情報とは少しばかり違う点はある。全身が異形化している訳では無いこと。知性と理性がある事。善悪の区別がつくこと。そのような点に違いはあれどそれでも彼はインビンシブルなのだ。
「さーて…ぶっ飛ばすか!」
大きく踏み込み、魔物に対して正面から突進していく。普通だったらありえない行為だが、インビンシブルの力を解放した彼には関係のない事だった。
「うおおおおおお!!!!」
トロールが雄叫びを上げブラッドを潰そうとメイスを叩きつけるように振る。だがブラッドはそれを右腕で軽く受け止めるとそのまま押し返し、弾いた。
「退けろ!ペネトレイト!」
彼は右腕を突き出し先端の棘のような爪をトロールに突き刺した。トロールの腹に刺さった右腕をそのまま構える。
「喰らえ!エリミネイトバースト!」
爪の先から蒼い爆発が起きる。トロールの腹は爆発により四散し、大きな風穴が空いていた。トロールはその場に倒れピクリとも動かなくなった。
「まず一体目!!次ぃ!!」
「ブラッド!後ろ!」
ユカナの注意通り、オークが後ろから棍棒で殴りかかって来ていた。だが彼はユカナに言われる前から気づいていたようだ。
「おらぁ!!!」
身体をくねらせ棍棒を避けるとすぐさま攻撃態勢に入る。
「エリミネイトピラー!」
ブラッドは右腕で地面を擦りあげるようなアッパーを繰り出す。オークにヒットすると同時に白い光の柱のような物が発生する。その白い光はオークの身体を下から突き上げ…当たっていた部分を抉りとった。股下から顔面にかけて抉り取られたオークはそのまま力尽き倒れる。
「ラスト!!」
「ブレイズショット!」
ユカナの放った魔法がオークの顔面に炸裂する。ユカナの「今だよ!」という言葉を合図に突っ込み、ブラッドは懐へ潜り込みトロールにしたように爪を突き刺した。
「ぶも、ぶもおおおおおおおお!!!」
「へぇ、魔物でも恐怖は感じるんだな。意外な発見だったぜ。じゃあな!!!」
彼は言葉を言い終えると同時に爪を引き抜く。するとオークの身体が忽ち震え出し…内側から爆発するかのように身体がバラバラになった。
三体全てを倒しきった。魔物と戦う機会はそう少なくは無いがやはり慣れないもので、終わるとほっと胸をなでおろしてしまう。
「ユカナ!住民達は!?」
「みんな無事!…でも怯えてるみたい」
彼らが怯えているのは魔物のせいではない。彼らは魔物を討伐したことに感謝はしているが討伐した当人であるブラッドに向ける視線はとても冷たかった。
「なんでインビンシブルがいるんだよ…!」
「まさかあの旅人がインビンシブルだったなんて…」
「あたしの夫はインビンシブルに殺されたのよ!そんなインビンシブルを中に入れてしまうなんて…!」
それぞれがブラッドに不満と不安が募った言葉を送る。ブラッドはそれに言い返すことなくただ黙って聴いていた。
インビンシブルが忌み嫌われる理由は単純に大戦で使われた凶悪な生体兵器だからではない。それも理由の一因ではあるが何よりインビンシブルはまだ生きているのだ。知性も理性も善悪の区別もなく…それで居て人間との力の差が圧倒的な…そんな生体兵器が生きているのだ。無論、彼らは各地で暴れた。インビンシブルのせいで人が死ぬなど少なくない事だった。ここ最近は見なくなったらしいが。
「ぷふぅ…。素晴らしい戦いぶりだったよ。えーと…名をなんと言ったかね?」
調査団の団長である例の太った男がブラッドに話しかける。パイプの煙を吐きながらドスドスと足音を立て近づいてくる様はとても偉そうに見える。実際偉いのかもしれないが。
「…ブラッド」
「えー、グラットくん。魔物を討伐してくれた事、ここの住民に変わって感謝しよう」
「ブラッドだ…」
名前を間違えられ思わず指摘してまうが調査団長はそんな事気にも止めず話し続けた。
「感謝はしよう…うむ。感謝はな。だが君の右腕…やはり君が…君達がインビンシブルだったんだな。いやはや恐ろしい」
「達だと…?待て、ユカナはインビンシブルじゃねぇ。こいつは魔法使いだ」
「そうか…魔法使いか…。ぷふぅ…なら、尚更おかしいんじゃないかね?」
しまったとブラッドが思う。魔法使いはインビンシブルによって虐殺されたという歴史がある事を忘れていた。先に自分とユカナの出会いについて話しておくべきだった。
「あの!えーっと…」
「ふむ…魔法使いか。その様子だと私の名が知りたいようだね?いいだろう特別に教えてやる。パルスだ。パルス・ユーリィだ。よろしく」
「え、あ、はい!それでですねパルスさん!その話なんですけど訳があるんです!」
「ほう?話してみろ、聞くだけは聞いてやる」
聞くだけは聞く。暗に信じるつもりはないと言われているのと同義だった。それでもユカナは話すしかなかった。ブラッドと自分の関係の誤解を解くために。
「ブラッドは…ブラッドは他のインビンシブルと違うんです!」
「違うとな?どう違うか言ってみろ」
「はい…あれはここからしばらく北にある…ユガンの山岳を歩いていた時の事です」
ーーー
ユカナは効率よく資金を集めるため、その山岳に生えると言われているアルテバンブーと呼ばれる非常に質のいい竹を納品する依頼を受けていた。魔物を退けながらなんとかその竹を入手する事ができたのだが…。
「よし!あとはこれを持ち帰れば…!」
そう言って背負い山岳を降りようとした時だった。五匹は居ただろうか。魔物の群れに囲まれてしまったのだ。
アルテバンブーはユガンの山岳に置いて雑食系魔物達の数少ない…それでいながら主食となる植物だった。それを採ってしまったがゆえに魔物達の怒りに触れてしまった。だがアルテバンブーは人間にとっても重要な資源。魔物だけにやる訳にもいかない。
「ブレイズショット!」
ユカナは魔法に自信があった。自分がこの歳になるまで育った集落では一番の才能を持っていたからだ。集落の長も認める程であった。だから彼女は自信たっぷりに魔法を放った。だがそれは魔物達に全く効かなかった。
「嘘ーーー」
次の瞬間、ユカナは魔物に飛びかかられた。咄嗟に腕で防ごうとするも相手は牙を使っての攻撃。腕を噛まれ激痛が走る。
「い…!だ、だれかぁ!!!」
目に涙を浮かべ助けを乞う。だがここは基本人が寄り付かないような山岳。助けなどある訳がなかった。
「いやだ…いやあああああ!!!」
その時だった。さっきまで自分に襲いかかっていた魔物が突然姿を消した。何事かと思い目を開けるとそこには一人の青年がいた。青年が魔物を殺したのだ。その青年の右腕は禍々しく異形化していた。
「その腕は…イン…ビンシブル…!?」
彼は魔物に対峙すると先程の魔物の返り血で全身を真っ赤にしながら雄叫びをあげる。ついさっき仲間が一撃で殺されたのを見た魔物達はたじろぎ、そのままいそいそとその場を後にした。
「はぁ…はぁ…助かった…?」
「おい、大丈夫か?」
先程の青年が手を差し伸べる。その右手はもう異形化しておらず普通の人間の手になっていた。
「あ…ありが…とう。…どうしてインビンシブルの貴方が私なんかを…。あなた達は私達魔法使いを滅ぼしたと言うのに…償いのつもり?」
「…そうなのか?」
思わずえっと声を漏らす。
「そうなのか…って常識でしょ!?そもそも貴方インビンシブルじゃん!嫌味で言ってるの!?」
「…俺は何も知らねぇんだよ…つい先日目覚めたばっかでな」
「どういう事…?」
彼は息を大きく吐くと、話し始めた。
「詳細は俺にもわからない。俺は何も知らねぇし覚えてもいない。一つ分かることは俺は何か冷凍装置…?のような物で凍らされていた事。そして同時にその装置は生命維持装置でもあった事…くらいか。ホントにそれだけだ。自分の名前も…お前がいうインビンシブルっていうのも知らねぇ。教えてくれ…インビンシブルって…なんだ…?俺のこの右腕と関係があるのか…?」
ユカナは彼の事を哀れみの目で見つめる。確かに彼はインビジブルだ。だが彼には理性がある。そして知性も。そのせいでこの先、苦労するであろうと察したのだ。インビンシブルなんかに産まれたのであればいっそ理性なんかない方がいいのかもしれない。そう考えていた。
「インビンシブルは…うん。ちゃんと教えてあげるから…よく聞いてね」
彼女はインビジブルについて詳しく説明した。彼は最初こそ合点が行くような顔をしていたがその顔は徐々に信じられない話を聞いた人間のような顔へと変貌していった。
「俺が…生体兵器…だと?」
「今のは事実だよ。歴史におけるインビンシブルっていうのはそういう存在なの」
何も知らぬインビンシブルにその所業を教えることは彼女なりの報復だったのかもしれない。実はユカナにとってインビンシブルの所業は過去の物ではなく実際に自分も被害にあっている。彼女はインビンシブルの手によって両親が殺されているからだ。そのことも含め話し終え、彼の顔を見上げると絶望したかのような顔をしていた。ユカナは少しだけ気が和らぐと同時に少し胸に痛みを覚えた。
「そうか…俺達は…そんな事を…」
「あなたが直接関係してないのは分かってる。それでも…インビンシブルなんか見てよく思う人はいない」
彼はその場に立ち尽くしていた。何も言えないのだろう。そして同時にユカナもかける言葉を失ってしまった。
「…これからどうするつもり?」
「俺は…そうだな。自分の存在理由が知りたい。なんで俺はこんな150年も先の世界に目覚めさせられたのか…それが知りたい」
「つまり?」
「…旅をするつもりだ。歴史を追いながら…自分の存在理由を探すんだ…」
ユカナは最初こそ、インビンシブルである彼を嫌悪していた。だが話をするうちに少しずつ彼に対する見方が変わって行った。彼女は突然謝罪をした。
「なんで謝ってんだ…?」
「さっきの事。私…事実とはいえ、あまり伝えない方がいい事実を突き付けちゃったかもしらないから」
「…それなら気にしてねぇ。むしろ有難かったくらいだ。なにせお陰で自分の事に興味を持てたからな」
「優しいんだね」
ふふっとユカナが笑う。ブラッドはその顔を不思議そうに眺めていた。今度はブラッドがユカナに先ほどと同じ質問を返す。ユカナは何も考えていないと語った。
「そうか。なぁ…良ければ俺の旅に同行してくれないか。俺は何も知らないから、色々教えて欲しいんだ」
突然の提案に驚き戸惑うユカナ。だがその顔は次第に綻び二つ返事で了承したのだった。
ーーー
「なるほどな。それがそなたたちの出会いだと」
パルスは煙が消えたパイプをしまい、ユカナの方を見つめる。ユカナは頷き「はい」と答えた。
「まぁ確かに普通のインビンシブルに比べたら何とも賢いとは思う。知性だけでなく理性もあって更に善悪も分かる。素晴らしいと思うね」
「人を動物の様に言いやがって」
ブラッドが怒りを露わにするがユカナに宥められる。パルスは言葉を続けた。
「君達の事はよく分かったよ。うん。素晴らしい」
拍手をしながら称賛の言葉を送られ少し戸惑うブラッド達。だがパルスの言葉はそこで終わらなかった。
「だがなブラッド君。君の存在はやはり良くないのだよ。君がインビンシブルと分かった以上、この街に置いておく訳にはいかない」
パルスの次の言葉を固唾を飲んで待つ。そしてパルスは口を開いた。
「悪いが街からは出て行ってくれ」
「そういうと思ってたよ。ユカナ、準備しろ」
待ってました…という訳ではないが予測はできていたようでそそくさと準備に取り掛かる。
「…反論はないのかね?」
「ねぇよ。なんだ?あって欲しかったのか?なら残念だったな」
パルスはそれ以上言及しない事にした。住民達の方を振り向く。助けられたという建前上、流石に殺せとは言えないようで「早く出ていけ!」と繰り返していた。
ブラッド達はハイハイと返事をし荷物をまとめそのまま街を後にした。パルスは静かにその後ろ姿を見つめていた。
「やっぱりこうなるよねー」
ユカナが残念そうに呟く。
「せっかく宿に泊まれると思ったんだがな」
「ブラッドさぁ…剣鍛えなよ。インビンシブルの力に頼って魔物退治してるからこうやってすぐバレるんだよ」
「ふざけんな。剣技に長けた考古学者が何処にいるんだよ、戦士じゃあるまい。お前が魔法を鍛えてくれればそれで済むんだよばーか」
「なにをぅ!?忌まわしい力を使わないと魔物一匹倒せないくせして文句言うな!!」
「うるせぇ才能『だけ』の無能魔法使いが!悔しかったら中級魔法を扱えるようになりやがれ!」
「むきー!!今に見てなよ!!!絶対ギャフンって言わせてやるんだから!!!!」
旅が再開したばかりと言うのにこの二人はすぐに喧嘩する。ある意味仲がいいのかもしれない。ラナの街は追い出されてしまったが休憩は充分取れたようで、文句を言いながらもしっかりと大地を踏み歩き続けているのだった。
一話目、どうでしたでしょうか。旅はまだ始まったばかりです。これからも(不定期ですが)書いて行きますのでよろしくお願いします