11 朱の国へ
サクヤの背では俺たちは無言だった。
俺は話すのは苦手だし、俺と朱良さんの間に入っている女性――伊那さんには睨まれている。
私の兵とかお家の都合で天馬は借りれないとか言ってたし、きっといい所のお嬢さんだろう。朱良さんは。
なんだかそういう人たちに縁があるな。
セレナは裏社会のドンの家の嫁だし、月の都ではお姫様とニアミス。そしてここでは朱良さん。
うん、面倒ごとのにおいしかしない。
そういえば、あの月から持ち帰った箱の鍵、セレナに頼めば開けてくれるだろうか。御当主のブラックさんなら簡単に開けそうだ。
仕方ないので弓の練習でもしようか。
ショートカットの5番目に入れておいた<星弓・カリスト>を取り出す。
ビクッと後ろの伊那さんが跳びあがった。
一言かけてからにするべきだった。
「すみません、弓の練習をするので気にしないでください」
「声をかけてからにしてください」
「すみません」
そんなこんなで、とりあえず【七星剣】
「貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍。七つ結びて矛となれ。七剣星」
あ、いつもの癖で詠唱してしまった。
変な目で見られていないだろうか。
ちらっと後ろを振り返ると、伊那さんにすごい目で見られていた。
なんだが睨まれている感じ。
「何ですか。詠唱ありスキルを持ってることの自慢ですか?」
「違いますよ。弓術スキルを持っていないので、こうやって練習しないと上達しないんです」
頭上でクルクルと【七星剣】を八の時に回しながら、答える。
「あなた、かなりの隠蔽スキルをお持ちのようですね。しかも【情報詐称】まで。本当は詐欺師か何かなのでは?」
あ、<星弓・カリスト>に【情報詐称】で情報を加えるの忘れてた。星弓にステータス表示がないのを見て疑問に思ったのだろう。
これでは、高レベルの【情報遮断】で俺自身のステータスを隠し、【情報詐称】で偽ったステータスを見せていることがばれてしまう。
というか、ばれてしまった。
この状況でバレるのもなかなかに間が悪い。
「朱良様、やはりこの者は詐欺師です。朱良様に甘い話を吹き込み、紅条家に取り入るつもりなのです」
「伊那、いい加減になさい。コハク様は、我らを助けてくださってるのです。無礼ですよ」
「しかし――」
「うーん、朱良さんの魔眼には私程度の【情報遮断】は全部見えているんですよね。ならば、朱良さんは私には騙されないのではないですか」
「それは……」
「コハク様、私程度などとは言ってはなりません。その【情報遮断】も【情報詐称】も間違いなく一級品のもの。それにその指輪、贈り物ですよね」
「そこまで見えてしまうんですね。隠し事は出来なさそうです」
「あなたの情報は誰にも口外するつもりはありません。紅条の名に誓って」
「そうしてくださると、助かります」
俺が座敷童だということまで、朱良さんにはバレてしまっているんだろう。
これで面倒なことにならなければいいな。
伊那さんは、その後は不機嫌そうな顔をしながらも、ぐちぐちと文句を言うことはなくなった。
少し、会話のしやすい空気になり、ちょっとずつ会話が始まった。
旅人のことや、ここに来るまでの冒険のこと。
弓を引きながら、片手間にだがお話しした。とは言ってもあまり話せることは多くない。帝国の裏のことは話せないし、星霊を開放したことについてもどうだろう。魔眼の前ではすべて丸裸だろうが、口からは出すつもりはなかった。
朱良さんは朱の国のことを話してくれた。
どうやら、やはり日本の文化に近いようだ。時代的には江戸か、もしかしたら戦国時代辺りかも。合戦とかあるんだろうか。
日本とは違って、四季はないようで一年中温暖な気候。桜が咲き誇っているということなので、一年中春なのか。
伊那さんもちょっと話してくれた。と言っても、俺の弓の引き方に口を出してくれるだけだったけど。矢を放つときは右手は真っ直ぐ後ろにとか。どうやら、俺の放つ矢がブレブレなのはこれが大きな原因らしかった。
いろいろといじられた結果、アーチェリーというより弓道に近づいた気がする。
弓の形状もギリシャ神話がものネタのはずなのに、どうしてだか和弓に近いらしく北斗七星の特色が出ているのか、こっちの方がきちんと引けると強制された。結果、真っ直ぐ飛ぶわ、矢勢は上がるわ、威力は上がるわで。
うん、どうもありがとう。
伊那さん、つんけんしているようで、面倒見はいいようだ。
一度昼食をとるためにログアウトしたが、その時は伊那さんに体を任せていた。
ここで落ちれば海に真っ逆さまだ。
ゲーム内で初めて海を見たが、特に感慨深いものはなかった。
海は海。きれいな海だが、リゾート地のようなエメラルドグリーンな感じでもないし。
逆にクラーケンのような、海の中の巨大モンスターに襲われやしないかと、不安だった。
これについては、結局出ることはなかったけど。
「コハク様、あそこに見えるのが、朱の国です」
後ろから指をさされ、遠くの海上を見てみると、ぼんやりと陸地が見えてきた。
あれが、朱の国か。鬼たちの国、鬼ヶ島というわけだな。
長かった。ここが俺のまず始めの目標地点。
ここに来るために、今まで頑張ってきたんだ。
でも、たった六日しかたっていないんだな。
六日でこんな遥か彼方へ来たと聞けば、運営だって驚くだろう。
「コハク様には、刀匠だけでなく、朱の国自体を気に入っていただければよいのですが」
「朱良さんのお話を聞けば、朱の国は私の世界の私の国と似ているようですし、きっと好きになると思いますよ」
「まあ、そうなのですね。私も、コハク様の世界を見に行ってみたいです」
それは無理だろう。
俺たちは、あちらからこちらへと渡ってこられるが、その逆はありえない。
でも、本当にそうか?
データとしてなら、持ち込めるのでは? 写真とか。
まあ、またマサにでも聞いてみようか。
「気になれば、いつでもお話しますよ。気に入っていただけるかどうかはわかりませんが」
なにしろ、都会にもなれば、緑などほとんどなく、見渡す限りのコンクリートジャングル。
この世界の自然豊かな土地に住んでいるNPCからすれば、どう見えるんだろう。
「ぜひお願いします。時間があれば、私も朱の国を案内して差し上げますから」
「よろしくお願いします」
それについては、是非ともお願いしたい。
できればモンスターの跋扈しない、平穏な場所がいいのだが。
それは望みが薄いか。
地球の森に野生の動物がいるように、こちらの森にはモンスターがいる。
自前のハイドで何とかしのぐしかないか。
「そうですね、まずは城下の近くの森に行きましょう。あそこにはモンスターもあまりいませんし、野生の動物たちも気性の荒いものはめったに出てきません」
「それはいいですね。そういったところで、一日中のんびりするのが、私の夢です」
「ふふふっ、それはいいことを聞きました。時間がある時にでも、私のとっておきの場所にお連れ致します」
「楽しみです」
そして、俺たちは朱の国にたどり着いた。




