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04 ああ、あなたは美しい

「お邪魔しまーす」


 アリサが声をかけて、俺たちはその建物に入った。


「――いらっしゃい」


 薄暗い部屋の奥から年をとっているであろう女のしわがれ声が聞こえてきた。

 アリサが息をのんだ。俺は何とか我慢した。

 マサは驚きもしなかった。場馴れというやつか。潜り抜けてきた修羅場が違うってか。


「なんだい、ガキじゃないか。いったい何の用だい? この辺りはあんたたちにはまだ早いよ」


 店の奥のカウンターにはお婆さんが座っていた。

 うん、怖い。店の薄暗い雰囲気もあって、物凄く走り去りたい。俺はお化け屋敷は無理な人間なんだ。


 お婆さんの瞳がぎろりと俺をにらみつけた。

 思わず後ずさりそうになったが、俺の人見知りモードは簡単に知らない人に弱点をさらすようなことはしない。


「武具のことなら、この町ではここが一番だと聞いたので」

「ほう、誰にだい?」

「風の噂です」

「この店はあんたたちのようなガキには聞こえないところでしか、噂にはならんはずだがねえ? それで、誰に聞いたんだい?」

「ですから、風に。ですよ」

「言うつもりはない、と?」

「いえ、あなたと私の縁が結ばれたんです」

「あんた、大丈夫かい? そんなちっこいのに薬でもやってんじゃないだろうね!」

「お兄、キャラが違う! いつもの人見知りモードと違って、変な方向にぶっ飛んでるよ!」

「くっ……アリサ、交代!」


 分かっている。自分でもわかっていた。この空気に飲まれただけなんだ。普段の俺はこうじゃない。たとえ人見知りモードだとか馬鹿にされたって、こんなのではないのだ。


「ああ、いや、すみません」

「ふん、ここはそんなガキが来るようなところじゃないよ! 帰んな」

「は、はい。お邪魔しました……」


 アリサ!?

 ちょっと、待って!


 お婆さんの剣幕がすごいけど。怒ってるっぽいけどちょっと待って欲しい。


「ほら、帰るよ!」

「い、いや、ちょっと待って!」

「どうして……?」


「このお婆さんの眼がとてもいい……と思うから」


 奥のお婆さんの瞳がぎろりとこちらに向いた。

 ヒェッ。だから、雰囲気がありすぎるんだって。


「どういうことだい?」

「お婆さんは、私のことが見えていた。町の他のNPCは私のことは見えていなかったのに」

「それって……?」

「お婆さんは【看破】系のスキルを持っているはず。私のハイドは初対面であればあるほど見破れないはずだから」


 これが俺の真の人見知りモード。とりあえず知らない人には敬語になる。なぜか一人称は私。僕でもいいのにと思うけど何故か治らない。


 まあ、それはどうでもいい。


 始まりの町を歩いてみてわかったが、俺のハイドはかなりの効果がある。

 特に俺よりレベルが上の相手に対しては。


 座敷童が大人には見えないという伝承が元になっているだろう、自分よりもレベルの高い相手に効果が上昇するという【気配遮断(座敷童)】の効果。


 そのおかげか俺が普通に歩いていると、この町のNPCには気付かれない。

 つまり、彼らのレベルは俺より上。そしてそんな彼らよりも歳を重ねているお婆さんのレベルが俺より低いということはないだろう。


【旅行安全】によって、こちらがアクションを取らなければさらに相手に気付かれづらくなる。


 この店に入って、俺は声すら上げていなかったというのに。


 お婆さんは真っ先に俺をにらみつけた。


 ならば、このお婆さんは何かしらの高レベルの看破系スキルを持っているはずなのだ。


 というのが俺の予想なんだが。


「私はまだ詳しくはありませんが、お婆さんなら武具のステータス情報の何かしらを私たち以上に知ることができる……かも知れません。買い物はここでした方がいいと思います」


 答え合わせはどうだろう。


 チラリとマサを見上げた。


「ん? どうしたのさ、コハク」


 こいつ、本当にコハクと呼び捨てにしてきやがった。

 まあいいか、そんなことは。


「ここがそういうお店だと、知ってましたね」


「ばれたか……どうなるかなと思って、黙ってついてきたんだけど。どうしてわかったの?」


「そんなのは何となく。何年兄弟やってると思ってるんです? とりあえず、ここが何だか分からないのに、この店、と言ったり。そういえば、裏路地に入ったあたりから口数も少ないし。βの時に来たことがある? 深入りはしてないと言ってたけど、ここに来ていないとは言ってないし」


「正解、ここはね、βの時に見つけたんだ。たぶん、他のβテスターたちも知らない、かなり裏の深いところ。おそらく、始まりの町でここよりいいものを揃えている店はない……ですよね、【審美眼】のマーサさん」


「なんだい、私のことは知ってるんじゃないか」

「すみません。内輪で話し込んでしまって」

「まったくだよ。で? 要件があるならさっさと話しなよ」

「いやあ、すみません。実は本当に誰の紹介でもないんです。僕はあなたのことを知っていただけで。本当はきちんと紹介を貰ってから来るつもりだったんですが」

「それならそうと言ってくれればよかったのに。それなら紹介を貰ってから――」

「それは無理かな。かなり時間がかかるし、今のレベルじゃ組織の本拠地に足を踏み入れただけで返り討ちに会うよ」


 なんだよ。深い所まで行ってないとか言っておきながら、かなり踏み込んでるようなんだが?


「そんな話は置いといてだ、嬢ちゃん。あんた、どうして自分の気配がばれたのかって言ってたね。【審美眼】美しいものの価値を見破るスキルだよ」

「それが、どうして?」

「美しいものは見逃さない。嬢ちゃん、あんたの顔は美しい。私が認めてやるよ。誇っていい、【審美眼】のスキル持ちが認めたんだから」


 俺の顔ってそんなにヤバいのか……

 気配が消せてよかったぜ。変な人気が出たら困る。


 その魅力値、攻撃力に分けてほしい。切実に……


 しかし、嬢ちゃん呼びで定着しそうだが……ま、いいか。訂正するのも面倒だし。


「そして、いいものは自然と美しくなる。嬢ちゃんの持つその刀みたいにね」

「この刀たちは、いいものですか?」

「ああ、いいものだ。そして、まだまだ美しくなる。大事にするんだね」


 そうか。

 こいつらとは長い付き合いにしたい。

 何と言っても、俺の生命線だからな。


 よろしく頼むぜ、相棒! ……四人もいるけど。


「さてと、何が要りようなんだい? 品は薄いし、レアリティの低いのも混ざっちゃいるが、ここにあるのは、皆、いいものばかりだよ」

「いいんですか? 誰の紹介ももらっていないのに」

「いいさね、特別だ。もともと紹介が必須ってわけじゃない。誰にも彼にも売ってちゃ、裏のやつらの抗争に巻き込まれるからねえ。だから、あまり広めないでくれると助かるよ」

「ありがとうございます。三人の秘密にします。でもしばらくしたら他のプレイヤーたちにも見つかってしまうと思いますけど」

「そうなったら場所を移すさ。この辺りの裏のやつらとは交流があるし。そこの嬢ちゃんがいれば、私のところには来れるんだろう?」

「はい。マーヤさんとは縁が結ばれましたから」

「なら、いいね。嬢ちゃんの防具とそこの娘の武器と防具かい? 坊主のはいいものではないがしっかりしたのを揃えてるね。後は、アクセサリーの類か」

「あ、でも、あまり所持金は……」

「わかってるよ、どう見たって駆け出しの旅人だろうに。ちゃんとあんたたちに見合ったのものを出すよ……そこで待っときな」


 そう言い残してお婆さんは裏へと入っていった。倉庫か何かがあるんだろう。


 カウンターのこちら側にあるものは……価値がなくとも美しいものか。

 使い古された物たちだが、味があると評されるものなのかな。俺にはあまり分からないけど。


「マサ、いいものって、結局どういうことだ?」

「アイテムの質だったり、武器なら業物かどうかってところだね。同じ名称、同じレアリティの武器があったとしても、耐久値や切れ味、成長率なんかがね。マーヤさんの【審美眼】は間接的にではあるけどそれを見破る」

「間接的に?」

「そう、マーヤさんのスキルはあくまでも【審美眼】。美しいものの価値を見るもの。そこから、アイテムそれぞれのステータス情報を導き出すのは、間違いなくマーヤさん自身が磨いた別の力だ」


 俺たちで言うプレイヤースキルというものか。

 俺もそういったものにたどり着かないと、このキャラクターでの冒険は難しいかもな。


「そうだ、マサ。あんた、ここに来たことがあるんでしょ? あのお婆さん覚えてないようだけど」

「たぶん、βとは連続性のない世界になってるんだろうね。運営側でもいろいろ変更したところがあるだろうし、いちいち整合性を取ってたらきりがない。初めからやり直した方が手っ取り早いだろうし」

「それもそうね。そうだ、ここでイノシシのドロップ買ってくれないかな」

「マーヤさん、美しいものじゃないと買ってくれないよ」

「そっかー、牙とか毛皮じゃねえ」


 じゃあ、俺も肉や牙を出すのはやめておこうかな。

 お店がつぶれるとか言ってたし。

 

「そういえば、旅人ってのは何なんだ?」


「NPCの彼らは僕たちプレイヤーのことをそう呼ぶんだよ――旅の神より招かれた異世界からの旅人ってね」

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