03 装備を整えよう
「マサ! レベル3になったぞ」
「わかった、じゃあ、戻ろうか。アリサ!」
目標値に届いたことをマサに報告し、マサが離れた所に居たアリサを呼び戻した。
「ちょっと待って! これで終わりだから!」
拳を振りぬき、イノシシの胴へと叩き付ける。
イノシシが吹き飛び、空中でポリゴンへと分解された。
……ここまで殴った時の打撃音が聞こえてきたぞ。
「――お待たせ」
三人がそろって、始まりの町へと戻る。
その道中はアリサが興味津々といった感じで俺の情報を聞いてきた。
「どうだった? お兄、一人でもなんとかなりそう?」
「うーん、なるとは思うよ。クリティカルと弱点攻撃が決まれば、かなりのダメージを与えられるのは分かったし」
「イノシシ程度なら両方決まれば、半分くらいは持っていけるはずなんだけどな」
そう言われてしまっては元も子もない。
これでも、イノシシ相手に2割削れるかどうかなのだ。
「別にいいし、モンスターに気付かれないから、一方的に攻撃できるし」
「イノシシ相手だからじゃないの? 他のモンスターは分からないよ」
「でも、かなり【気配遮断】の性能はいいと思うんだよな。始まりの町を歩いているときも、俺に視線が来なかったし」
「気のせいじゃない?」
「視線には敏感なんだ。こんな格好してる面白幼女が歩いてるんだぞ? 注目を浴びそうなものだけど」
こんな格好。具体的に言えば、左腰に二振り。背中に一振り。腰の後ろに一振り。合計四振りの刀を装備した美形の童女。
街で見かければ、俺でも一瞬ギョッと目を見開くだろう。
でも、この町のNPCに限らず、他のプレイヤーたちも俺には気づいていなかったようなのだ。
「自分で言うんだね、幼女って。その通りだけど」
「なってしまったものは仕方がない。見た目がそう見えるだけで、性別はなしだからな。女になったわけじゃない。別段意識するようなことじゃないだろう」
「お兄がそれでいいならいいけど……」
「いや、よくないよ」
突然マサが横から口をはさんできた。
なんだろう。何か問題でもあるんだろうか。ゲームとリアルの違いが激しすぎて、リアルの精神に異常をきたすとか?
「マサ、どうして……」
「僕は人前でこれを兄さんとは呼びたくない」
そんな理由かよ。
「お前、これはないだろう」
「確かに……!」
「アリサまで!? ……いや、まあ、別にゲームだから好きに呼んでくれればいいけどさ」
「じゃ、コハクで」
「私はコハクちゃん?」
「ちゃんはやめろ、馬鹿!」
キャラクターネーム呼び捨ては許せても、ちゃん付けは許せそうにないぞ。
見た目こんなでも男としてのプライドはあるんだよ。
「でも、実際、それで一つもいじってないってすごいよね。私、キャラメイク終わった時の残高64だったのに」
「βのデータを少し引き継いでる僕でも72だよ」
「いいなー、これでも、目のあたり妥協したんだよ」
「リアルにそっくりだもんな」
「うっさい、バカ兄!」
アリサの目つきはどちらかと言えば悪い。別にそれでバランスがとれていないというわけではないので、顔つきが整っていることに変わりない。
リアルも目つきが悪い。これはうちの兄妹全員だ。父さんからの遺伝だな。
「ゲームの顔がいいからって、いいことは別にないだろうに」
「そんなことはないよ。魅力値みたいなのがあってね、NPCとかテイムしたモンスターとかの好感度に関わってくるみたい。クエストの難易度にも影響するみたいだね」
「ゲームでも顔が第一か……世知辛いね」
そう聞くと、俺はかなりの勝ち組だということだ。
アリサにスクリーンショットで見せてもらったけど、俺でも整っている顔立ちだと認めざるを負えなかったくらいには美形だった。これでもう少し年齢が上なら……いや、このままでいいだろう。男と女の性差がはっきりしないくらいの年齢であってくれて、良かったじゃないか。無理をすれば男です、で通せるだろう。
顔はこれ。種族も職業も初めの選択肢でRが出たし。びっくり宝箱から出たのもR+。
レアリティだけで言えば、かなりの高さのキャラクターだな。
「話は少し戻るけど、兄さんはハイドするためのスキルと技術を磨いていくべきだと思うよ」
「ハイド……それって、隠れるってこと?」
「暗殺者みたいにね。一撃を当てて気付かれたら、また隠れて好機を待つ感じ」
「ヒットアンドアウェイではなくヒットアンドハイドってことだね」
そんな簡単に行くものだろうか。
でも、さっきのイノシシも攻撃しているのに気付かなかったし。
できるのか。
……いや、リアルと一緒か。何か面倒ごとが始まりそうになれば、空気のようにフェードアウトし、片付いたようなら元からいた様にフェードイン。
「このゲーム再現度高いから、モンスターにもある程度の思考があるんだ。ようはやりようだよ」
「死角を突くんだな」
「そ。視覚だけじゃなくて、思考の死角もね」
「でも、高レベルの【索敵】とか【看破】とか持っている相手だったら見破られると思うよ。それはお兄もレベルを上げていかないとね」
「一体倒すのに時間がかかりそうだな」
「それは仕方ないよ、だって攻撃力ないんだから」
「もったいない、その顔で支援職ならお姫様として皆が貢いでくれたかもよ」
「いらんよ、そんなの」
常に周りに人がいる状況なんて考えられない。
いや、あっちに行っていなさいと命じておけば、行ってくれるのか? そして、手が必要な時にはパシッて……いやいや、それはダメだ。
「装備を整えたら、オーガの森へ行くからね。そこで兄さんの【鬼退治】の効果がありそうなら、解散でいいかな。僕、βの時の知り合いとも待ち合わせがあるんだ」
「もちろんだよ、悪いな付き合ってもらって」
「気にしないで。こうして兄さんと遊べて楽しいからさ。この先も兄さんとゲームできたらいいな」
「あー、うん、たぶん大丈夫」
「ホントに? 兄さん、かなり飽き性だし。一か月くらいでやめちゃいそうだけど」
「大丈夫だって。俺、さっきのところの景色かなり気に入ってるし。モンスターとは戦わなくても、景色を見てゆっくりするためにログインすると思うし。そしたら、たぶん近くにいるモンスターが邪魔だから倒すことになるだろうし」
「ま、何でもいいから楽しんでくれればいいか……」
飽き性なのは自覚がある。新しいことを初めて一週間くらいはものすごく熱中するんだけど、それ以上が続かない。なんとなーくできるようになってしまうから、それ以上に頑張ることが楽しくなくなってしまうのだ。
このゲームもそうなるのか。
それとも、はまり続けるのか。
この先の冒険しだいだな。
「さて、始まりの町に戻ってきたし、まずは防具からそろえようか。兄さんとアリサの」
「なら、お店を探さないとだな――マップマップっと……あれ?」
マップをひらこうと意識をメニューに向けようとしたとき、視界の隅がきらりと光った。
これはなんだ?
そちらに意識を集中すれば、まるでこちらに来いとばかりに明滅を始めた。
「なあ、あそこになんか光ってるんだけど。なに?」
「え? 光ってるようには見えないけど」
「僕にも見えないよ」
あ、あれ……俺だけに見えてる。
なら、スキルか。何かあったかな。
【縁結び】
きっとそうに違いない。
防具を買うお店を探し始めたときに出てきたのだから、いいお店を紹介してくれるのかも。
「ちょっと、行ってみたいところがあるんだけど、いいかな?」
「そうなの? どうする、マサ」
「僕は兄さんに付いて行くよ、面白そうだしね」
「じゃ、行こ! で、どっち? お兄」
「ああ、こっちだ」
ちょうど今いるところから通りをまたいだ向かい側。
そこから伸びる細い路地で光は点滅している。
その光を追って俺たちは遅い路地裏に足を踏み入れた。
「お、お兄。ほんとにこっちなの? なんか裏の人たちがいそうな感じなんだけど?」
「裏の人?」
「ほら、マフィアとかヤクザとかそういう感じの人たち」
「いるのか? マサ」
「いるよ。僕はあんまり深入りしなかったけど、βの時に犯罪組織に接触した人はいる」
「マジか……そんな所まで作りこんであるんだな」
「で、そんな危ない所に潜り込んで、私たちはどこに行こうというのかな。ここ、安全地帯から外れてるよね。デスペナとか嫌だよ」
「それは大丈夫。レベル10になるまではデスペナルティはないから」
「そ、そっか。なら大丈夫だね」
「いや、痛いのは俺が嫌なんだけど……そろそろだと思うんだけどな――っと、ここだ」
光に導かれてたどり着いたのは裏路地の古ぼけた建物。木製の扉に看板らしきものは見当たらない。
しかし、光はここに留まっている。
入ってしまってもいいんだろうか。
お店かどうかすら怪しいぞ。
「ここなの? お兄」
「たぶんそう」
「でも、兄さんはこの店に入りたいんだよね」
「たぶん【縁結び】さんの導きだろうし」
「なら入ろうよ。でも、一応警戒はしておいてね」
「了解だ」
その木の扉に手を当てた。
もう一つの手は腰の刀の柄を握っている。
軋みをあげるその重い扉を押し開けた。