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16 悪魔の叫び

 ジュリアスさんの切迫した声。


 この黒い何かが、悪魔だというのか。


「リレーフ! 悪魔に魂を明け渡すなど、狂ったか!」


「狂ったんじゃない。狂っていたのさ、元からなぁ! これでも、我慢してたんだぜ、人間として、こ国を乗っ取ってやろうと思っていたんだから。だが、それも邪魔された。だったら仕方ねえ、悪魔となってでも俺は俺の欲望を満たす!」


「この野郎!――な、なんだ……体が……」


 剣を抜こうとしたジュリアスさんの体が動かない。

 

「どういう……」


 俺の体もだ。ゆっくりとしか動かすことができない。粘度の高い泥の中に潜ってしまったかのようだ。

 状態異常を確認すれば、行動阻害。

 この黒い泥が原因だろう。

 黒い地面全てが特殊なフィールドになっているようだ。


 これでは、【健康祈願】で状態異常を解除できたとしても、このフィールド上から逃れられない限り、またすぐに行動不能になってしまう。


「ここは俺のフィールドだ。俺以外が動くことは許さねえ」


 黒い悪魔の中からくぐもった感じで、リレーフの声が外気に伝わる。


 自分の体が満足に動かせない。

 これでどうやって、あいつと戦えばいいって言うんだ。


「ジュリアスさん」

「悪魔との交戦経験は?」

「ありません」

「何か聖宝器は」

「初耳です」

「なら仕方がない、あの悪魔の体から宿主のリレーフを引きはがす。まずはそれからだ」

「わかりました」

「護符を持ち出しておいて正解だったな……よし、持っていけ」


 ポンと、ジュリアスさんに肩を叩かれた途端、ふっと、体にかかっていた負荷が取り払われた。肩を見れば、お札のようなものが張り付けられていた。


 それを確認し、散開する。


「聖宝器を持ってきていたか。さすが団長様だな。準備がいい」

「うるせえ、また、神官どもにぼったくられる」


 護符を見れば、耐久値がガンガン減っている。

 この短時間にすでに95パーセントだ。一秒に1パーセント減っている。


 早く、このフィールドを何とかしなければ。


 【鑑定】

 <上級悪魔>フラウカリオンLV.41

 ――【勧善懲悪】特攻対象です。


 助かった……悪特攻が乗るのなら、俺の攻撃も乗るかもしれない。

 ただ、このレベル差がネックにはなる。


 それでも、立ち止まっていては、どうにもならない。

 

 【疾風】【飛鳥】を発動し、フラウカリオンの元に翔ける。

 

 円柱状の胴のその上から生える触手が、槍のように伸びてくる。

 ひらりと次々に襲い来るそれを掻い潜り、胴へとたどり着く。


 居合【月光】


 鎧通しは通用しないことが分かっていたため、とりあえず、【月光】でダメージの様子を見る。


 減りはしたか。だが、若干。悪特攻とクリティカル威力上昇があっても、これだけしか減らないのか。


 胴へとたどり着いた俺は、そのブヨブヨとした胴を斬る。


 ……マジかよ。


 背後から伸びてくる触手の槍を避けながら、頭を抱えた。

 攻撃が当たっていない。靄を斬りつけたような感覚。奴には、実体がない。


「聖属性の武器かスキルを持ってないと、物理攻撃は効かないぞ。魔法を使え!」


 ジュリアスさんの声が飛んでくる。

 そうは言われても、俺の使える魔法なんて、【月光】しかない。攻撃力もたかが知れている。

 完全な、足手まといだ。


 ジュリアスさんはと言えば、その手の剣は白銀の輝きを放ち、次々と触手を切り落としていた。フラウカリオンのHPも徐々に減っていている。


 あれが、聖属性の攻撃か。まるで、豆腐でも切っているかのようだ。

 帝国の裏を支配しているゾルーディア家の個人兵団の団長は伊達ではないか。


 ジュリアス自身のHPも減らしてはいるが、彼一人でもなんとかなりそうな雰囲気だ。


 【飛鳥】も【疾風】も切れてしまった俺には、邪魔にならないようにしながら必死に攻撃を避けるしかなかった。


「無駄無駄無駄無駄! 貴様がどれだけ攻撃しようと、俺は死なない!」


 フラウカリオンのHPバーがグンと回復する。いや、回復しただけじゃない。ジュリアスの与えるダメージが減っている。


「てめえ、まさか、喰ってるのか」

「俺がこうなった以上、あいつらは必要ないからなぁ。せめて、俺の中で役に立ってもらうことにしたよ!」


 もしや、外にいたリレーフの仲間を――と言いたいのか。

 HPを回復したばかりでなく、食べている人間分のHPを足し合わせ、その総量が増えているのか。それならば、一体、今までに何人分を食べているのか。


「あっ……」


 そのあまりのおぞましさに、呆気にとられて、躓いた。


 とっさに態勢を整えようとするが、体が動かない。


 パキンと澄んだ音を立てて、護符が壊れた。


 行動不能の状態異常にかかってしまった。


 ベタンと床に突っ込んだ。

 必死に顔をあげれば、一本の触手が俺の体を貫くところだった。


「――グアァッ」


 激痛が体を走る。体を貫通する攻撃など受けたことがなかった。


 熱した鉄が体の中にぶちまけられたような。現実では絶対に感じたくない痛み。

 これでも、現実で受ける痛みよりも軽減されているというのか。


 HPを見れば、これで半分が削られていた。


 次が来れば、俺は死ぬことになる。この一番大事な時に居なくなるだなんて。ここで、こんな時に――


 次の触手が、俺に狙いをつけている。

 どうにか逃れようともがくが、いっこうに体が言うことを聞かない。


「そんな……」


 目を背けられない。

 まだここに居たいのに。


 まだ、俺はここで――


「コハク――!」


 クルクルと飛来したそれは、俺を狙っていた触手に当たって砕け、きらきらと液体をあたりにぶちまけた。

 じゅうっと肉を焼くような音を立てて、その触手は解け落ちた。


 ――ウガァァ――


 フラウカリオンの苦しむ声が轟く。


 次々と飛来するそのビンは、フラウカリオンに降り注ぎ、中の透明な液体をぶちまけていった。


 その液体はフラウカリオンを相当に苦しめている。

 液体のかかった胴はドロドロと解け落ち、その内部からリレーフの体をさらした。


 触手が麻痺したように地面に投げ出され、その胴からは、苦しみの絶叫が沸き上がる。


 その中を人影が颯爽と駆け抜けた。


「セレナ……!」


 驚く俺の声は、セレナには届いていない。


 彼女は一直線にリレーフへと駆ける。

 胴からさらされたリレーフの襟をむんずと掴んだ。


「――はああああぁ――」


 その気合の声と共に、彼女の細腕からは考えられないような、怪力を発揮して。

 ぶちぶちとフラウカリオンと接合している肉のようなものを引き千切りながら、リレーフとフラウカリオンとを引き離した。


 ずるずると引きずったリレーフの体をもう限界だったのか、地面に放り落とした。

 

 ――ガアアアアアァァァ


 この戦いで一番大きなの痛みの絶叫が響く。

 サッと地面の黒がフラウカリオンに吸い込まれたかのようになくなり、元の荒城の床に戻る。


 その瞬間、俺の体を抑え込んでいた状態異常が解除され、体の自由が戻った。


 肩で息をつくセレナの元に駆け寄る。


「――サクヤ!」


 俺の叫びと同時に、荒城全体がぐらぐらと揺れ、広間の壁が崩れ落ち、外と繋がった。

 天井の一部も剥がれ落ち、そこからサクヤが姿を現した。


 俺たちの頭上の天井まで崩れるかと思った。


 サクヤの頭上に集まった白い光から目を焼くような白い光線が放たれる。


「今のうちにセレナ様を、外へ!」


「セレナ、あそこから外へ」

「……ええ、行きましょう」


 フラウカリオンはサクヤとジュリアスさんに頼む。

 高レベルの魔法を使えるサクヤがいた方が、俺がいるよりもいいだろう。


 まだ、生きている様子のリレーフを引きずり、サクヤがあけた大きな穴から外へ出た。


「セレナ様!」

「セレナお嬢、ご無事ですか!?」


 荒城から出て少し行ったところで、ナディアとジョナと出会った。


「ええ、無事ですわ」


「中で、何が?」

「リレーフが悪魔と契約を……」


 ジョナの質問に俺は答えた。

 俺にもセレナに聞きたいことがあるが、今はここから彼女を連れて離れることの方が重要だ。


「悪魔だと……悪いが俺は相手にできない。ナディア」

「わかった。私が行ってくる」

「頼んだ――お嬢はこっちへ。コハクもだろう? ああ、こいつは代わる」


 ナディアは、槍を手に荒城内へ飛び込む。

 ジョナは俺の引きずっていたリレーフを脇に抱え、三人で駆けだした。

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