14 エリーゼ
「ああ、今まで極上肉は幾度か口に入れたことはあったが、今日のはまた、一段とすごかったな」
「ええ、あれは、極上肉というくくりの中でもさらに極上。きっと、そのオークも肉への負担少なく倒されたのでしょう。もちろん料理人の腕前あってこそかと」
「それは、御義母様のことでしょうか? 聞きましたわ。オークの極上肉が手に入ったと聞いて、料理長に無理を言って、調理を代わってもらったと」
「もちろんです。普段の食事は今の料理長に任せているとはいえ、先代の料理長として極上肉を調理しないだなんてありえませんからね」
お呼ばれした夕食もそんなに堅苦しいこともなく、アットホームな感じだった。それはエリーゼちゃんが居る関係もあるんだろうか。
また、俺の差し入れた、オークの極上肉はものすごく喜んでもらえた。
すでに調理に取り掛かっていた料理長には悪いことしたかもしれないが、本人は泣くほど喜んでいたので、大丈夫だろう。生きているうちに一度は触ってみたかったらしい、極上肉。
でもまだ、七十あまってる。この家族と、兵隊さんたちの分を確保しても、三十ほど。まだ、残っているといったら、明日は買うからとむせび泣いていた。
その後こっそり聞いたが、全部買ったら、ゾルーディア家の財産は吹っ飛んでしまうらしい。
だめだ、極上肉は。簡単にお家を傾かせられる。王家に売りでもしたら、傾国の美食とでも言われるんだろうか。
やべーな、オークのくせに。お前ら、一国を潰せるかもよ。
「ンンッ……コハクといったかね。今回は、うちの娘が本当にお世話になった。無事に連れてきてくれて、我々家族一同、感謝している」
「いえ、皆様のことは、特にエリーゼちゃんのことはセレナさんから聞いておりましたので、何とか送り届けたいと。セレナさんのエリーゼさんに会いたい一心が、幾度となく幸運を運んでくれたのでしょう。本当によかったです」
「それでだ……」
「フルハートさんのことですね」
「ああ、協力してくれると聞いている」
「はい、足手まといになってしまうかもしれませんが」
「いや、先程のを見せられては、そうは言えないな。その為のアピールだったんだろう? 自分を連れていけと」
「ふふっ」
笑ってごまかした。
だって、そんなの知らなかったし。そんなつもりだったのか、セレナは……ま、それならそれでいいか。
「ただ、我々にも、今後の展開が読めん。フルハートの奪還が先か、リレーフの身柄を抑えるのが先になるかはな。だから、今後の展開がどうであれ、我々の指揮下に入ってもらうことになるだろう、問題はないか」
「はい、ありません。隠れることと人体の急所を突くことには自信がありますが、それ以外にはあまり」
「うむ。それならそれでいい。大事なことはできることとできないことをはっきりと分け、できる範囲で最高の出来を保証すること。それ以外のことは味方の誰かが補ってくれる――では、私は下がらせてもらうよ。ジュリアスや他の者たちと情報の精査に入らなければな。差し入れ、ありがとう。だが、そうホイホイ持って込んでくれよ。うちの財政がとんでもないことになるからな」
そう言い残して、御当主はダイニングルームから立ち去った。
「それでは、私もお暇しましょうかね。それで、コハクさん。上肉あたりならいくらほど……?」
「上肉は二十ほどしか」
「それで十分だわ。あとで、使いを送りますから、売ってくださいな。私の手慰みにいろいろと試してみたいのです」
「わかりました」
どうやらご婦人は、相当の料理好きのようだ。先ほども、先代の料理長だ、と言っていたし。御当主との出会いはどんな感じなのだろう。
「エリーゼももう遅いし、眠くなる時間じゃない?」
「んー、まだ」
こうしてみれば、セレナもお母さんをしてる。つい先ほどまで、同い年のような感覚で話していたのに、突然大きく年の離れたお姉さんになってしまったかのようだ。
「ねー、おねーちゃん」
「え? 私?」
セレナの方を見ていれば、突然声をかけられて驚いた。
横を見れば、椅子から降りて俺の隣に来ていたエリーゼちゃんと目が合った。
横にはメイドが控えていて、彼女に椅子から降ろしてもらったようだ。
「どうしたの?」
俺の顔は引きつっていないだろうか。あれだけ、セレナとエリーゼちゃんを合わせると意気込んでいながら、俺は小さな子が苦手だ。いや、まあ、人間全般が苦手ではあるが。群を抜いて小さな子の相手は、苦手だ。
「おねーちゃんがお母さんを助けてくれたって。だから、ありがとう」
こういう時はなんて返せばいいのか……難しい……
真っ直ぐにこちらを見てくる瞳が、ものすごく突き刺さる。
この純粋な子供には、俺の言葉はどう伝わるのだろうか。
「……どう、いたしまして。でもね、エリーゼちゃんのお母さんも私のことを助けてくれたんですよ。だから、二人で一緒にエリーゼちゃんのところに何とか来れたんです」
「ふーん、そうなんだー。あ、そうだ。おねーちゃん、ものすごく強いんだってね! わたしも強くなりたいの! どうしたら強くなれる?」
うぅ、助けてください。
「えっと……元気に遊んで、よく勉強して、よく食べて、よく寝ること?」
「おねーちゃんもお母さんと同じこと言うんだ」
「お母さんもそう言うの?」
「うん。ちゃんとお友達と遊びなさいとかー、ちゃんとお勉強しなさいとかー、好き嫌いせずに食べなさいとかー、早く寝なさいとかー。うん、一緒だね」
「あはは、そうだね……でもきっと、大切なことなんだよ」
特にお友達と遊びなさいとか。もうちょっと大きくなって、多感な時期になると、なんだかそう言うことも難しくなるやつもいるから。俺とか俺とか俺とか。
「でも、一番は強くなりたい理由を忘れないこと、じゃないかな。ただ頑張るだけじゃ、簡単に諦めてしまえるから」
「うーん、よく分からないけど、諦めないで頑張ればいいんだね」
「あはは、ごめんね。分かりやすく言えなくて。うん、今回はお母さんも頑張ったんだよ」
「お母さんが?」
「そう、エリーゼちゃんに会うために、怖い人に追いかけられても諦めなかったし、怖いモンスターと出会っても諦め……なかったことはないけど。どれだけ怖い目に合っても、エリーゼちゃんに会うために頑張ったんだ」
何度か、もうダメ、というセリフをセレナは口にした。でもその度に立ち上がりなおしては、前に進み続けた。エリーゼちゃんに会うために。
そして、これからは旦那さんに会うために、立ち上がるだろう。
「じゃあ、諦めないで頑張ったお母さんは、強いの?」
「うん、とびっきり強いお母さんだよ」
「だって、お母さん。強いんだね! ん? どうしたのお母さん。どこか痛いの」
「ううん、そうじゃないわ。うん、大丈夫」
セレナを見れば、涙ぐんでいる様子だった。
「セレナ……?」
「ふふっ、あなたがエリーゼと話してるなんて、なんだかとても不思議な感じなの。うん、ここ数日が夢だった見たい」
「セレナ。まだだよ。まだ終わってない。君には大きなピースがまだそろってない」
「ええ、大丈夫。まだ、私の炎は残ってる」
「よかった……エリーゼちゃん。お母さんは大丈夫。強いからね」
「強いのに痛いの?」
「そうだね。走っても走っても、止まれない。苦しくても走らなくちゃいけない。そんなことがきっとあるから」
「そう、なんだ……」
「大丈夫、エリーゼちゃんがぎゅーってしてあげると、元気が出るよ。ほら、行ってあげて」
「うん――お母さん!」
エリーゼちゃんは、その小さな足で、大きなテーブルをぐるりと回りセレナに抱き着いた。
セレナも力いっぱい抱き留めた。
「エリーゼ!」
なんだか、自分でもよくわからずに話してしまったが、よかったんだろうか。俺のような薄っぺらな人間の言葉を聞かせてしまっても。
……重みのない言葉はエリーゼちゃんが大人になるうえで勝手に忘れてくれるだろうか。
俺にはできなかったこと。今もできていないこと。
頑張って歯を食いしばって、走り抜けることを諦めてしまった俺は……
そうならなければならないと、思い続けても結局、諦めて逃げだして……
俺は――
あの後、エリーゼちゃんの部屋でも話を続けた。話せたことなんて、ここ数日の冒険のことだけだけど。エリーゼちゃんが一番食いついたのは、サクヤの話だった。大きな狼に興味がわいたらしい。明日時間があれば、呼んであげることになった。
今は、スヤスヤと心地よさそうな寝息を立てて、ベッドで寝ている。
「セレナ……ごめんなさい。なんだか、色々と喋ってしまったけれど」
「いいわよ。それにしても、あなたにはみっともないところいっぱい見られちゃったわね」
「そうですね」
「もう、ひどいわね」
「……セレナ……私、この子の寝顔を見てるとさ、ふと思ったんです。この子から笑顔を奪おうとしたリレーフってやつをぶちのめしてやらないと気が済まないって。一緒に殴り込みに行こうよ。セレナも一発ぶん殴ってやらないと気が済まないだろう?」
「もちろんよ……でも、突然男っぽくなると、気持ちが悪いわ」
「ひどいですね」




