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幕間 天使のため息

 天使ナンバー77。


 旅の神の配下の天使たち五百人の中で、彼女はその数字を与えられていた。


 旅の神は邪神へと堕ち、それと同時に彼女たちは堕天使となった。

 それでも、彼女たちの業務内容は変わらない。ただ神の意向に沿うのみ。


 今日から始まる新しい仕事。

 それは異世界より来る旅人たちのサポートをすること。


 それを任された彼女たちにとって、今日この時が最も忙しい時間となるだろう。


 なぜならば、一万のプレイヤーたちが、我先にとこぞってこの世界へ召喚されてくるのだから。


 彼女たちの業務内容は、こうだ。

 まずは、彼らの名前を登録し、選択を推奨する種族を提示し、職業紹介所のように彼らに適した職業を選択させる。

 最後に、この堰合で活動するための体を創造して旅へと送り出す。

 これが、一人分にかかる仕事だ。


 五百人いる天使たちで、一万人のプレイヤーを分担する。

 いくら彼女たち天使が分割思考をできるとはいえ、慣れない仕事に一度に二十人近くも駆けこまれては、目を回すほどの忙しさだ。


 77番も旅の神の無茶ぶりに頭を痛めていた。


 現在、この世界と接続中の77番が担当するプレイヤーは十四人。


 八人が種族の選択で立ち止まり、四人が職業の選択でつまずき、二人が体の作成で時間を取っていた。


 早くしてくれ……痛む頭を押さえた。


 なんだって、こんな仕事をしなければならないのか。

 彼女たちも望んで旅の神の部署へと配属されたわけではない。

 77番の提出した希望部署は、幸運の女神の天使。名門の天使学校に入学し、こつこつを勉学に励んで、将来は地上の人間たちに幸運を運ぶ手伝いができると夢見ていたのに。

 卒業してみればここ。

 間違っても、気ままにあっちこっちで問題を起こしては我関せずで旅を続ける神の元で働きたいだなんて思ってもいなかった。問題の処理はいつもこちらに降りてくる。従属神たちも知らん顔で手伝いもしない。


『また増えた……』


 これで同時にサポートしているのは十五人目。

 今度こそは早く終わらしてくれと、切に願う。天使なのに。


『えっと、十七歳。男性ね。脳波のパターンを転写してっと』


 十四から十五に増やした思考のうちの一つが、彼のサポートに当たる。


 接続されて送られてくる情報をデータベースに書き込んでいく。

 しかし、こちらにはコンピュータなるものは存在しない。記録結晶なる魔法のアイテムに書き込んでいくのだ。


『希望する登録名は、マサ……』


 他の使用者がいないかどうか検索をかける。

 被ったものがいれば、変更させなければならない。同じ名前のものが複数いればこちらの管理が大変になるのだから。


『ダメね、既に登録されてるわ。やり直して』


 旅の神が行った大儀式の予行の時点で、その登録名は使われていた。


『ユキ……これもダメ。シロ? やり直し。ハク。ついさっき持っていかれたわよ、タイミングが悪いわね』


 新しく来たその少年は、種族選択に行く前から時間がかかっていた。

 77番にとってはもううんざりだ。登録名の決定だけで、これだけの労力を割かされるなんて。


『コハク……よし、被ってないわね――ちょっと、待ちなさい48番! その名前、今私が取るから! だから待ちなさいよって! っし、勝った。これで先に進めるわ』


 77番だけがこの辛い作業をしているのではない。他の天使だって同じ業務をしているのだ。

 登録名の決定は早い者勝ち。つまりは、戦争だ。


 ひとまず息をついたが、まだまだ試練が続くのかと思うと、さらにごっそりと精神力が傷られていく感じがする。

 天使なのに。でもしんどいものはしんどいの。


『性別の選択ね……って、また止まるの? え? 性別なしにするメリット? 知らないわよ。ったく、なになに……精霊族になりやすいらしいっと。デメリットは……って、聞いてないし。でもデメリットは聞かれてないから、いいか』


 性別なしを選ぶと、性別によって効果の変わる攻撃も両方の性別分を受けることになるのだが。


『やっと種族決定ね。こいつの生態波形から行くと、こんな所かしら……あらら、面白いのが出たわね。はあ、いったいここからどれだけかかるのか……あれ、もう決めちゃっていいの? ホントにそれで? いいのね? 変えられないからね?』


 予想外にすんなり終わることに77番は驚きを隠せない。


 旅人たちは、一年後にこの世界の住人となってしまうことを知らない。それでも、彼らはより良い存在になろうと、種族選択から張り切るというのに。


『職業選択ね……脳波波形からすれば――えっ、ホントにそれで行くの? 大丈夫? 種族と全くかみ合っていないけど。マジでそれで行くのね。あなたがそれでいいならいいけど。ふふっ』


 これではろくにモンスターと戦うことすらできないだろう。

 支援に向いてるわけでもないし、生産系のスキルを身につけられそうにもない。

 これでどうやって冒険するつもりなのか。果たしてそこのところをこの旅人は理解して選んでいるのか。


 しかし、そんなことは天使にとってはどうでもいい。

 担当の旅人がより良い成長を遂げれば、彼女の業務成績も上がるのだが。

 今の彼女にとって、この仕事を早くやり遂げることが急務だった。

 なぜなら、また一人、新しい旅人の接続が始まりそうだからだ。


 早く終わらしてくれるのなら、とてもありがたい。


『さてと、どんな体を用意してあげようか。性別なしの座敷童。桃太郎……お任せ? 確認もしない? いいのね。ここで溜まってるストレス。全部つぎ込むけど、文句言わないでよ』


 77番は急ピッチでアバターを創り上げる。


『性別なしを選んだんだから、男らしくなくてもいいでしょう。むしろ限りなく女に近づけてやるわ。座敷童、ええ、うんと幼くしてやりましょう。え? これ以上はダメ? 冒険できない? 仕方ないか。ここで勘弁してあげる。後は、桃太郎……そうね、長い黒髪にしていればいいでしょう』


 そうして創り上げられたのは、顔立ちの整った黒髪の童女。


 天使が己の技量を尽くして、自分好みに創り上げたアバターだ。

 これならば、神ですら見惚れること間違いなし。

 77番の美術の成績はずっとAだった。かなりの自信があった。


『よし、完成。あら、なかなか早く終わったわね。十四人抜き、区間新記録取れるんじゃない?』


 この世界の天上の娯楽。それは私たちの世界を盗み見ること。

 77番が休みを取れるのは、ちょうどこちらの世界のお正月。そのあたりのテレビ番組を見ながらゆっくりするのが彼女の休暇の取り方。


『さてと。一応、決まり文句だから、きちんと言ってあげる。ようこそ、Universe Travelers Onlineへ。やりたい放題やったから、少し気分が楽になったわ。ありがとう。そんな体では一年後、すぐに死んでしまうと思うけど、それまでに少しでも強くなるのね。じゃ、次に行きましょうか』


 こうしてまた一人、神々の遊戯盤へと招かれた旅人が増えた。

 そしてこの77番が彼の冒険のサポート……というよりも観戦にのめりこんでいくのだが、それはまだ未来の話。

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