01 ちょっと失敗したみたいだけどゲームスタート
減らない。
斬っても斬っても、減らない。
いや、実際は減ってはいる。一割の半分くらいか。そのくらいずつには……
これが、ボスモンスターのHPだったりすれば、頑張ってって、なるんだろうが。
イノシシのHPだ。
それも、始まりの町を出てすぐの所にある草原の草を食ってるやつ。
おそらく、ゲームを始めてすぐのプレイヤーたちが、一番最初に戦うモンスターだろう。
両手に持っている二振りの刀をイノシシの体に振り下ろす。
二つの赤いエフェクトと一つの金色のエフェクトが散り、ダメージが通ったことを知らせてくる。
血の吹き出す演出でなくてよかった。スプラッター系は苦手だ。
金色はどうやらクリティカルが入った時のエフェクトのようだ。通常よりもダメージ量が多くなる。
しかし、攻撃しているというのに、そのイノシシすら俺のことを歯牙にもかけていないようなのだ。
かれこれ、五度は攻撃を加えているというのに。
なんだろう。俺は、このイノシシにすら馬鹿にされているというのだろうか。
攻撃? 虫でも止まったのかと思ったわ! とか思ってるんだろうか。
丁度そこにいる弟と妹にすら馬鹿にされたように。
その鬱憤を晴らすために、イノシシの首筋に二刀を振り下ろした。
二つの赤と金のエフェクトが散る。
あれ、なんだか、さっきよりも赤黒いエフェクトになってるかも。気持ちダメージ量も増えた気がする。
もう一度!
今度は赤が一つ。赤黒いのが一つ。金が一つ。
なんだろう、まあ、後で二人に聞けばいいか。
それにしても、このイノシシの挙動。おかしいんだよな……
攻撃しても一向に反撃してくる気配がない。
おかげで攻撃力の低い俺がこうして時間をかけて戦っているというのに、一度も反撃にあっていない。
攻撃されていることには、気が付いているようではあるのだ。
それなのに、俺の存在には気が付いていない。
バグ……?
いやいや、簡単にバグだなんて結論に至ってはいけない。
そういえば、スキルにあったなと思い出す。
【気配遮断】
これのおかげか……?
文字通り気配を遮断するスキルのようだ。だから、こうして気付かれることなく攻撃できている。
しかし、ここまで痛めつけられたらいい加減気付きそうなものなのに。
「あっ……終わった」
イノシシはポリゴンとなって消えていく。
一度も反撃を受けることはなく。
ただし、かなりの時間をかけて。
俺のこのゲームでの初めての戦闘は終わりを告げた。
両手の刀をそれぞれ背中と腰の後ろの鞘へと納刀する。
左腰には二振りの刀を下げているし、合計四振りの刀を装備しているのだが、俺に扱いきれるのだろうか。
「けど、こいつらがないと俺はろくに戦うことすらできないしな……」
己の攻撃力のなさを嘆きながら、離れたところで同じようにイノシシを相手に戦う俺のパーティメンバーへと視線をやった。
一人は額からねじれた角をはやす金髪の長身爽やかイケメン。
その手の大剣の一振りでイノシシを一撃で木っ端みじんに。
あれが俺の弟の正隆。キャラクターネームはマサ。
もう一人は銀髪ロングオオカミ耳のクール美女。
その拳でイノシシを軽々と吹っ飛ばす。
あれが俺の妹の梨沙。キャラクターネームはアリサ。
対して俺はと言えば、黒髪ロング人形系美童女。
その二刀は鉋をかけるように微々とHPを削っていく。
この格差たるや。
「こんなことなら、キャラクターメイク、ちゃんと考えればよかったかな……」
『キャラクターネームを入力してください』
このアナウンスから、俺のゲームライフは幕をあげた。
普段あまりゲームをしない俺にとって、こういったところから既に難しさを感じるところだった。
本名の司城雅幸から安直にもじってみれば、既に使用者がいると何度かやり直しを余儀なくされ。
マサ、ユキ、シロ、ハクを経て、俺のプレイヤーネームは【コハク】に決定した。
「名前を決めるのにすら、結構時間がかかったな……あんまり遅くなると、二人ともうるさそうだし……」
この後、ゲーム内で待ち合わせをしている弟妹の顔が思い浮かぶ。
二人ともこのゲームのサービス開始をかなり楽しみにしていたし。あまり、迷惑はかけたくないんだよな。
このゲームは<Universe Travelers Online>通称UTOというVRゲームだ。
どうして俺がこのゲームに手を出したかと言えば、家族に押し付けられたから。と言えば語弊があるかもしれないけど。
このゲームの人気は発売開始前から高く、初回販売の予約がものすごい倍率になったようだ。
弟はもっとすごいβテスターに当選していて、優先的に回ってくるらしく。妹が絶対に手に入れたいからと、弟以外の家族総出で抽選に参加したら、なんと二つも当たってしまった。
当たったのなら使わないともったいないと、俺に回ってきたというわけだ。
最近はあまり一緒に遊ぶことのなくなった、弟妹と遊べるのならと受け取っては見たが、ちゃんと遊べるだろうか。
こういったゲームは初心者だし、それに人見知りの激しい俺としては、かなり苦手な部類のゲームだと思う。
そもそも、かなりゲームをやりこむあの二人にはついていけないとは思うんだけど。
『性別を選択してください』
・男
・性別なし
脳波で性別はVRギアに登録されているはずだ。それなのに、なぜ聞いてくるのかとよく見てみれば、性別なし。いったいどういったものなのか。なにかメリットがあるのか。
『――HELP――精霊族などの性別のない種族の出現率がUPします』
精霊族、か。名前の響きはいいな。
では、性別なしで。
『性別なしで決定しました』
『初期ポイント100ポイントを配布します。キャラクターメイク終了時に残っていたポイントはスキルポイントとしてゲーム開始時に配布されます』
俺の視界のはじに100の文字が浮かぶ。
キャラクターメイクを行っていけばどんどん減っていくんだろう。
スキルを覚えたりするのに必要そうだし、大事に使わないとな。
『以下の五つの中から種族を選択してください。選択肢の変更には5ポイント消費します』
・ヒューマン(N)
・ゾンビ(N)
・ハイヒューマン(N+)
・サラマンダー(N+)
・座敷童(R)
うーん、レアっぽいし座敷童でいいかな。
この選択肢を変更するにもポイントを消費しないといけないし、もったいない。
『座敷童に決定しました』
『初期職業を以下の五つの中から選択してください。選択肢の変更には5ポイント消費します』
・剣士(N)
・錬金術師(HN)
・神官(N)
・巫女(N+)
・桃太郎(R)
……桃太郎!? それは職業なのか? 桃から生まれた桃太郎ということで、種族として分類されていてもよさそうなのに。まあ、向こうがそう言っているんだし、それでいいんだろうけど。
巫女は性別なしを選んだから、女性職も出てきたということでいいんだろうけど。
ま、桃太郎でいいか。レアだし。面白そうだし。
いやしかし、職業桃太郎というのは、若干恥ずかしいものがあるな。あの二人には絶対笑われそうだ。
『桃太郎に決定しました』
そう思っていしまうと、このアナウンスの声すらも笑いをこらえているように聞こえてしまう。不思議なものだ。
『アバターを作成します。アバターの調整にはポイントが消費されます。調整しますか?』
いいか、おまかせで。
『……作成しました。キャラクターメイクを終了します』
『ようこそ。Universe Travelers Onlineへ』
そのアナウンスと共にこのゲームはスタートしたわけだが。
この時のキャラクターメイクの結果、創り出された俺のステータスがこれだ。
コハク LV.0
種族【座敷童】 職業【桃太郎LV.0】
HP 15 MP 15
ATK - MAT -
DEF 7 MDF 3
DEX 12 MND 9
AGI 10 LUK 25
スキル SP 100
装備
初期防具一式
ゲーム内で合流した弟には頭を抱えられ、妹には苦笑い。
聞けば、座敷童は支援特化。
攻撃力は永遠の0。攻撃魔法も覚えられないし、武術スキルも会得できない。
これは、攻撃するなということか! うん、そう言うことなんだろう。
本来なら、支援職を選択してさらなる支援のエキスパートを目指すべきところを。
俺が選んだのは桃太郎。見た目からして攻撃型だな。
そういったところからかみ合っておらず、かなりの問題児扱いされたが。
ま、行ける所まで行ってみよう。せっかく、こうして出来上がったキャラクターなんだし。
それに、このキャラクター運がいいのだ。
さっそく、今のイノシシからのドロップを確認してみる。
【鑑定】
<イノシシの極上肉>
どこにでもいるイノシシの肉。ただしめったにお目にかかれない極上質な肉。
かなりの高額で取引されているようだ。無理に購入して身を持ち崩さないように。
「やっぱ、このままで行こう。そうしよう」