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けもの道

作者: 富嶽 ゆうき

短編二作目になります。神秘的な話を書きたかったので興がのって書いてしまいました。

 

 子どもにしか知覚することが出来ないもの。

 そんなのあるわけないじゃないか、と貴方は思うだろう。それがいけない。

 いつまでも子供心を大切にしている人なら、わかるかもしれない。



 * * *



 ――あれは何年前の夏だっただろうか。

 当時十歳にも満たなかった僕は、何かに呼ばれるように一人で森へ分け入った。いや、本当に何かに呼ばれていたのかもしれない。

 森を出てお墓の横の坂道を下り、田んぼのあぜ道を抜け、こんもりと育った木々が生い茂る山に来た。

 この山には神社があった。何年も掃除されていないような、だけれど昨日使われたばかりのような。そんな不思議な印象を受ける建物と、鳥居があるだけ。何度か来たことはあったけど、一人で来るのは初めてだ。

 僕は建物の前に立った。特に何かするわけでもなく、しばらくそこに立っていた。

 木々が風に揺れ、梢がざわめく。虫の音が辺りを賑やかす。鳥の声が木の間を抜ける。人の痕跡はなく、いるのは自分だけの、深い深い森。そこは、どこか浮世離れしたような空間だった。


「少年。そこで何をしている」


 突然背後から声が響いた。

 振り返ると、そこに居たのは一頭の雄鹿だった。立派な角を生やしている。人の影はない。いきなり現れたように思えた鹿に戸惑いつつも声の主を探すが、一向に見つからない。

「喋っているのは私だぞ」

「……鹿……さん?」

 声を発しているのは、どうやら鹿のようだった。人間以外の生き物が喋るなんて聞いたことがない。だが幼い僕はなんとも思っていなかった。

「まあ、そう呼んでもらって構わない」

 そう言うと、その鹿はぶるっと体を震わせた。

「それで、何をしているのだ」

 と、改めて訊いてきた。

「えっと、なんか、呼ばれてるような、そんな気がして……それで、ここに来ました」

 ぽつりぽつりと辿々しく言葉を並べる。鹿はその様子を優しげな眼差しで見つめていた。

「……そうか。よければ、付いて来なさい」

 それだけ言うと、その鹿は山の奥へと土を踏み、草を分け歩いて行く。僕はその小さな足で付いていった。



  * * *



 道とも言えぬ道を歩いていると、一羽のスズメがやってきた。僕達の目の前で止まり、何かを訴えかけるような目をしている。

 ――なんとなく、案内をする、と言っているように思えた。

「道はわかるが、有り難くやってもらおう」

 鹿の受け答えを見る限り、自分の推測は当たっていたようだった。

 鹿の言葉を聞くと、スズメは嬉しそうにあたりを飛び回った後、ゆっくりと先に進み始めた。

 僕は不思議と温かな気持ちになった。


 足場の悪い山道は、十歳に満たない子どもにとっては辛いものだった。落ちている枝葉が肌をひっかいたり、ぬかるみで滑ったりと、厳しい。遅れがちになってしまった。

 先を行く鹿はこちらに視線を向けると、駆け寄ってきた。

「背中に乗せてあげよう」

 そう言うと、足を折り身を低くした。

 僕はしがみつくようにまたがった。ずり落ちそうになるが、なんとか身を安定させる。

 なんとか落ち着けた。

 鹿は、しっかり座れたと見ると体をゆっくりと持ち上げた。視線が高い。

「ありがとう、鹿さん」

「どうも」

 ゆっくりと四本の足で地を蹴り、歩みを進める。

 自分より大きく、全く異なった生き物と言葉を交わし、同じ時間を過ごすのはとても楽しかった。



  * * *



 しばらく経つと森が開けて、前方に(いわお)が見えてきた。何年、いや、何百年ここにあったのだろう。悠久の時を感じられるそれは所々苔を纏い、威圧感を周囲に放っている。まだ小さかった僕にはただひたすらに大きく感じられた。

「ここだ。みんなが集まって来るまで待とう」

 その大岩の前で立ち止まった鹿はそう言うと、ゆっくりと体を下ろした。それに倣い僕も腰を下ろし、体育座りをする。

 巌の周りをスズメが飛んでいるのが見えた。なぜだか、そのスズメが先ほど道案内してくれたスズメだとわかった。

 ほどなくして、鹿が何頭か集まってきた。僕の方をチラチラと見ては仲間内で会話しているようにも見える。

 居心地悪そうにしていると、僕と一緒に来た鹿が彼らに言った。

「この子は声が聞こえたようなんだ。安心して大丈夫だぞ」

 それを聞くと、彼らは大人しくなった。

「あ、ありがとう……?」

 僕はよく分からなかったが、悩みの種を解消してくれたようだったのでお礼を言った。

「気にするな」

 その鹿はそう言って笑った。


 時間と共に集まって来る生き物が増えて行く。鹿だけでなく、兎、狸、狐、熊、イタチ、リスや、他の鳥達も。気がつくと、数え切れないほどの生き物がそこに集まっていた。皆巌の方に体を向けている。

 何か始まるのだろうか。僕は幼心(おさなごころ)にそう思った。



  * * *



 突然集まっていた動物達が鳴き声を上げ始めた。皆巌に向け、高く高く吠えている。鳥達も辺りを回りながら声を上げている。何が始まるのだろう。僕は怖かった。体が震えた。

「怖がらなくていいんだ。もうすぐ表れる」

 それを察してか、その鹿が声をかけてくれた。しかし、僕は言っている意味がよくわからなかった。何が出てくると言うのだろうか。


 ――突如、巌が輝きだした。開けた周囲に差す太陽に、勝るとも劣らぬ輝きを放つ。

 そして、ゆらりと巌から女の人が出てきた。空に舞う。出て来たばかりの時は透けていたが、次第に不透明になって行く。

 ――はっきりと、その人は現れた。

 純白の衣を纏い、真っ赤な袴のような物を身に付けていた。変わらず巌は光ったままだ。

 女の人が目を開くと同時に、動物たちが跪いた。前足をさらに前に伸ばし、身を屈め、頭を下げる。

 そして開いたその目は、確かに僕を射抜いた。僕は思わず竦んでしまう。その眼差しは有無を言わさぬ冷たさと、全てを包み込むような暖かさが入り混じっていた。


 放心していると、目の前をキラキラとした細かい何かがたくさん通り過ぎて行くのが見えた。まるで黄金を散りばめたよう。それは、余さず女の人へ向かって行く。見回すと、幾条ものそれは、集まった動物達から出ているのがわかった。

 僕は口をあけっぴろげにしてしばらく呆然としていた。

 よく見ると、今度は動物達の体がだんだんと透明になっていくのがわかった。皆等しく透け始める。隣の一緒に来た鹿も、途中から案内してくれたスズメも例外ではなかった。

 僕は涙を流していた。そのまま、その鹿に尋ねる。

「どこに、いくんですか」

「わからない。でも、素晴らしい所だ」

 そう言うと、ゆっくりと目を閉じた。

 出ていた光が強さを増したと思うと、鹿は完全に姿を消した。

 手を伸ばして掴もうとしても、そこにあるのは空気だけだった。僕は虚無感に襲われた。

 辺りの動物達も、一頭一頭消えていく。先程までの喧騒が嘘のように、静かになる。

 みんな消えてしまった。

 ――僕は泣いた。寂しかったから。せっかく仲良くなれたのに。


「君は、もう来ちゃいけないよ」


 突然、優しい声が響いた。どこからともなく聞こえる。女の人の声だ。涙を拭い見上げると、空を舞っていた女の人がこちらを向いていた。

「約束できる?」

 訳がわからなかったが、僕は頷いた。

「ありがとう。それじゃあ君をお家に帰してあげるわ」

 そう言うと、その女の人は眩く光った。僕は思わず目を瞑った。


 そのまま意識が途切れた。



  * * *



 気がつくと、僕は家の近くの野原に寝転がっていた。まだ日は沈んでいない。青い空が高く高く続いている。あれはなんだったのだろう。ずっと考えていたがわからなかった。

 不思議と、誰かに言おうとは思わなかった。




 ――あれから幾度となく声が聞こえた。だが、僕は言い付けを守って一度も行かなかった。

 僕は高校生になった頃に、この地を離れた。

 久々に戻って来てみたものの、もう声が聞こえることはなかった。

 ふと、あの時の神社には行ってみようと思った。あの時と同じように歩いてそこに向かった。だが、そこにあったはずの神社はもう無かった。

 後に聞くと、大雨で地滑りが起きたらしい。その時に、一緒に流れていってしまったそうだ。僕は気付かぬうちに涙を流し、その場に立ち尽くしていた。



  * * *



 その山には(いにしえ)より大岩があり、そこには神が住まう。

 幾年かに一度、老いた動物達がその神を祀って集まり命を捧げるそうな。

 それがあった年、そこらの田畑は豊作、木々は早く育ち、生き物は活気にあふれたと言う。


 人々はその山を、仁江山(にえやま)と呼んだ。


ちなみに仁江山と言う名前はもちろん実在しません。

そしてそれが意味するものはいにしえ(イニシエ)と(にえ)になります。わかりましたでしょうか。

楽しんでいただければ幸いです。

気に入った方は全然違う話を書いてますが、連載の方も覗いてみてください!

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