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6:冬姫の補佐の苦悩

(グレア視点)


 フェンリル様の愛娘となった者は実に奇妙だ。

 なんと、フェルスノゥの姫君がやってくるはずの契約魔法陣に割り入った異世界人。

 前例がない珍事件。

 そのうえフェンリル様に暴言を吐きまくる始末。

 陰で見ていたが、フェンリル様をベッド扱いするなど……!


 ありえない。俺はあの娘が嫌いだ。


<フェンリル様。あの娘は非常識が過ぎます>


 フェンリル族のこれからを憂いての言葉である。

 補佐のユニコーンとして、しっかり言わなければならない。

 それなのに返ってくる言葉は、


<まあよいではないか>


 良くないから申し上げているのです!!

 そう叫びたい気持ちをぐっと我慢して、言葉を選んで訴えかける。


 フェンリル様からは、しょうがない子どものダダを聞いてやっているような呆れた目で眺められている。

 大変不服だ。

 悲しくなる。


 俺はユニコーンとしての務めを果たすために苦言を呈しているし、何よりも、今代のフェンリル様を心からお慕いしているので、彼にとってよりよい代替りとなるようにしたいのだ。


 俺のたてがみはユニコーンでは珍しい紫色。

 優秀なユニコーンたちはみんなフェンリル様によく似た白銀のたてがみなので、ずっと劣等感を持っていた。

 仲間たちからも馬鹿にされていた。


 そんな中、フェンリル様はこのたてがみを「雪の中でも見つけやすくてよい」と言ってくださったのだ。

 あの時、俺はフェンリル様に仕えて崇め奉ろうと決意した。


 同年代のユニコーンの誰よりも治癒の腕を磨き、たゆまぬ努力の末、ついにフェンリル様の側近となる権利を得た!


 ……しかしその当時、フェンリル様はすでに体調を崩されて、もう余命は長くないから代替りを考えると言った。

 絶望に蓋をして、なんとか平常心をたもちつつ人型でフェルスノゥ王国と会談して、姫君との約束をとりつけたのが……1年前。


 せめて代替りを華やかに彩ろうと、気持ちをきりかえるのがどれだけ辛かったことか!


 それをあの娘……冬姫エル様はあっさりと塗り替えたんだ。


 その上甘ったれで、フェンリル様にくっついてばかり。

 くぅぅ羨ま……なんでもありませんから!!


 ……フェンリル様にそんなに密着して、しかも眠るなど、魔力の浸透がものすごいことになり、人型のまま生きている方が不思議だと思った。

 フェンリル様は代替りの魔法こそ使わなかったものの、その行為は、代替りの時に行われる魔力移しの儀式とまるで同じなのだ。

 ……冬姫エル様は、代替り適性はバツグンだったということなのだろう。

 性格はともかくとして。


<まるでカラカラに乾いた植物が水を命がけで吸い込むように、魔力を吸収していった。

 するとどうだ……魔狼フェンリルの魔力が、エルのものとして変化し、エルは半獣人となり尋常ではない才能に目覚めた。

 あの子自身の魔力が溢れるように湧き出てきたではないか>


 ぐっ、それはわかりましたよ。

 冬姫エル様は本人が訳の分からぬまま、最初から光り輝くような魔法を使いましたから。

 魔法を知ったばかりの幼子が魔法を使う時、ほんの少しの魔力しか扱えないはずなのに……つまり潜在魔力はとてつもないということ。

 それに輝くような心の持ち主ということ。

 あんなに綺麗な魔法は見たことがな…………今代フェンリル様の方がお綺麗ですからね!!

 俺の目にはそう映ります!


 そのようなことを少し遠回しに伝えると、フェンリル様はくっくっと低く笑った。


<私もエルも綺麗ということで、よいではないか?>


 間違いではないんですけど気持ちが追いつかなくてですね!


<オマエは本当に私を良く慕っているな>


 それはもう。


<ユニコーン一族としての務めも忘れてくれるなよ?>


 フェンリル様は眠る愛娘を鼻先でつついた。

 ……それはもう。

 ……頭を下げた。


 先ほどは他のユニコーンに異世界人転移事案を伝えに遠くに行っていましたが、今からはもうこの娘につきっきりになります。


<冬姫エル様の補佐をいたしましょう>


<よろしく頼む>


 フェンリル様にそう言われると、俄然張り切ってしまう。

 我ながら単純だが、今代フェンリル様にそれほど心を救われているのです。


 この娘の性格が問題ならば、俺が矯正してさしあげたらよいのでは?

 そうだ、そうしよう!


「えー。私ね、堅苦しいのやだなぁ」


 やっぱり嫌いです。

 あまりの暴言に怒りが沸き上がってくる。


 次代フェンリル様にあるまじき振る舞いですよ! ……フェンリル様は長い目で見ると言っているので、言葉には出せないが、ああもう荒ぶりが止められない。

 あああフェンリル様、そんな子ども2人を見るような生温い目で眺めないで下さいませ……!


 彼女が私に飛び乗った。

 ありえない。非常識!

 怒りながら荒っぽく走り出すと、


「だって、グレアのたてがみが綺麗なんだもの」


 …………。

 …………………………!?

 今、なんと?


 ……怒りの気持ちがみるみるしぼんでいく。俺、単純かよ。おい。


<エル様。そうお呼びすればよいですか!?>


「あっ。うん、そうしてー」


 激しい動揺を悟られないように口早に聞くと、エル様はどこかうっとりと答えて、すりすりとたてがみに頬を寄せた。

 おおおおおい!?

 首を撫でる細い指が驚くほど快感で…………なんてことはありませんからね。重要な仕事中にユニコーンがそんなことを感じるはずがないのですから!!


 甘える様子はどこかすがるようで、咎めることができなかった。

 密着されて初めて分かった、この甘美すぎる魔力。撫で技術。……はまあおいといて。


 フェンリル様はこれに絆されたのだ、と本能的に理解した。

 もうエル様を愛娘にした、ということに納得した。

 これは、特別な存在だ。


 山の頂につき、エル様がぼんやりしているので頭でぐいぐい押してやったが、ツノが当たらないようになど気をつけるようになった。

 この尊い者を傷つけてはならない、と本能が言うんだ。

 ああもう、分かった分かった、静まれ俺!!


<冬よ、来い>


 フェンリル様が冬を呼ぶ儀式を始められた。

 俺がこの20年間見てきたなかで一番素晴らしい魔法だと思った。

 エル様の名前の一部”ノ”を吸収して力を取り戻したからなのだろう。

 それについては心より感謝申し上げたい。


 フェンリル様の次に、エル様が魔法を使う。

 先ほどは「責任が怖い」と震えていたが、果たしてどうなるのか……

 失敗したとしても責めるつもりはないが、不安とともに彼女のあまりにか弱い背中を見つめた。


 ーー俺はユニコーン。先ほどのエル様の「冬を呼ぶの、どうしたらいいの?」という前向きな言葉と、真摯な眼差しを信じていつまでも待とう。


<冬よ、来い>


 エル様の魔法が発動する。

 驚くほど軽やかに、地面に足を打ち付けた。


 ーー輝くような冬の魔法が溢れ出て、疲弊した大地を純白の雪と氷が覆い、エル様とフェンリル様の魔力で癒していった。


 完成した雪景色のあまりの美しさに、感嘆の息を吐いた。

 彼女の心にある冬は、なんと素晴らしいのだろう。


 感動した。

 エル様はまさしくフェンリル様の後継に相応しい……!……と尊敬していたら、きゅーー、とエル様の腹の音が鳴り響いた。

 待て、あまりにカッコ悪い。

 敬う気持ちが萎んでいった。

 生理的な感情だからどうしようもない。


 ……見事な冬を呼んだエル様をもちろん尊敬はしているが、崇めようとするほどの衝動はなくなったな……これはまだまだ子どもである。


 だから、フェンリル様が甘やかしたっていいのだろう。

 フェンリル様が愛娘を見る目はどこまでも優しい。

 ……俺は親にあんな目で見られたことはなかったな。エル様、今の環境はとても幸せだと自覚しておくんだぞ。そしてフェンリル様を敬うことだ。


 リンゴを夢中でかじる子どもを見てため息をついていると、


「はい」


 なんと自分でツリーを生やして、生った果実を我々に与えた!

 表皮は輝くような青色、星の模様、エル様の手のひらからはみ出る丸々とした大きな果実。

 ……ごくり。

 い、いったいどのような味が……俺だってまあ、腹は減っている。


<い、いただきます>


 ーーーーーっ!?

 芳醇な味と甘美な魔力が、口のなかでぶわっと広がった。

 みるみる体に活力が巡る。

 ……これ、ユニコーンの治癒がいらなくなるくらいの代物では? 感動しつつも大変複雑な気分だ。エル様を頭でつついておく。


「な、なにするのよぅ!」


<果実のご慈悲、誠にありがとうございました>


 ついでに頭を下げて、伝えた。

 声にやたらと熱がこもったのは、ま、まあ、エル様の力を認めた気持ちが滲んだのではないかな。

 ちょ、フェンリル様どうかそのにやっとした笑いはおやめ下さいませ……!


 エル様の手がたてがみに伸びる。

 なんだと。


「ねぇ。私ね、あなたの綺麗なたてがみを撫でてみたい。いい?」


 なんて自分の欲求に正直なんだ! まったく!


<よろしくお願いいたします>


 静まれ俺の口ぃぃぃ!?


 エル様がにこっとそれは嬉しそうに微笑んで、さわさわと手を動かす。

 慈しむような手つきで丁寧にたてがみが撫でられた。……うう、これは、けっこうな……ううう……!


 フェンリル様が大笑いなさっている。ああああもおおお!


<私もあとで撫でてくれるか。エル。羨ましくなったのだ>


「うわぁ! いいの? いいよね? ついでにベッドにもなってー! 魔法を使って疲れたみたいで、すごく眠いの」


<もちろんだ。私の愛娘>


 ………………私はやはりエル様を少しは矯正しなくてはなりません。

 せめてその、フェンリル様をベッドという物言いをなんとかして下さいませ!

 寄り添って眠るのはとても尊い儀式なのですからね!?


「グレアも眠る?」


 なんということを。非常識すぎる……いえいえ柔軟にまいりましょう。

 常識を教えてあげなくては。


<フェンリル様に抱かれて眠るのは愛娘となったエル様の特権です。他の生き物はフェンリル様の魔力に負けて、著しく体調を崩します>


「……そうなの!?」


 エル様が驚いている様子で「知らずに誘ってごめんね」と謝ってきた。

 目上の者にあっさり謝られてしまい、思わず俺は白目を剥いた。


「……愛娘、かぁ……えへへ。フェンリル、嬉しいなー」


<私もだ。ああ、可愛いエルよ>


 エル様が離れていって、フェンリル様に埋もれた。

 鼻先で触れ合って仲睦まじく、幸せそうだ。


 不思議と嫉妬などせず、俺まで幸せを分けてもらったような、満たされた気持ちになった。

 きっとユニコーンの仕事をちゃんとこなせたからだな。うん!

 ……ユニコーンの仕事ってなんだっけ。

 たてがみを撫でてもらうことか? んなわけはない。

 落ち着け、少し混乱した。


 フェンリル様から少しだけ離れたところで膝を折り、待機。

 とろけた顔ですやすや眠るエル様を眺め続けた。

 子守り、つまり警護である。

 これが、俺の今の仕事だ。





読んで下さってありがとうございました!



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