33:眠りの間の電話(地獄に堕ちろ)
(クリストファー視点)
白銀の毛並みに埋もれるようにしてプリンセスがスヤスヤと眠っている。
穏やかな寝顔は女神のような美しさだと感じる。
(素晴らしい光景だ……)とうっとりため息を漏らすと、隣にいるユニコーン様も全く同じしぐさをしていた。
思わず横目で見ているとぎらりと睨まれる。
彼には歓迎されていないようだ。食後に水を差し入れてくれたり、ユニコーンは男性を癒さないからとこっそり薬草を渡してくれたり、嫌われてはいないようなんだけど。
<今日はお疲れ様>
フェンリル様からそのような言葉を賜った(とユニコーン様が通訳してくれた)時、奇妙な音が洞窟に響いた。
ピピピピッ ピピピピッ……
これは、と聞こうとして息を呑む。
フェンリル様とユニコーン様が殺気立った。
なんだ? もしやまた怪物の気配を感じたんだろうか!?
<エルが起きる! グレア>
「はいっ」
2人は事態を把握しているらしい。
フェンリル様が尻尾をのけて、ユニコーン様がエル様の腰のあたりを探り始める。
ちょっっっ!?
「これですね」
ユニコーン様の手には……四角い銀色の、なんだあれ?
異世界からの落し物かな、とピンときた。
あれから音が発されているようだ。
エル様が唸り始めると、2人が大慌てする。
<グレア!>
「仰せのままに!」
一瞬でフェンリル様のご意思を把握するなんて、さすが補佐官だ。
ユニコーン様は俺に向かって、機械を投げた。
うわっ……!?
なんとかキャッチしたけどドッと冷や汗をかいた。壊したら大変だろこれ!? プリンセスの私物なんだよなうわちょっとたまらな……恋心黙れ! というかもっと丁寧に扱って下さいます!?
「それ持ってあっち行け! 離れろ!」
ユニコーン様の物言いに少し傷つく……いえ実務的な意味なのだろうと思っていますけれど。彼、敬語を使わないと言葉遣い荒いよな。
距離を取る。
ユニコーン様は手のひらでエル様の獣耳を押さえて、腕で人間の耳をふさいだ。
仕方ない仕方ない仕方ないでも待っっって距離が近くて羨ましいし恋心がズキズキ傷つきます……!
プリンセスならこういう時に儚く微笑んで自制するんだろうな、とイメージして自分の恋心をねじ伏せた。恋はメンタル格闘技だ。
いったん音が途切れた。
あからさまにフェンリル様とユニコーン様がホッとしている。
「質問をよろしいですか。この道具はなんでしょう……僕には見当もつかないのです」
フェンリル様が頷いて、ユニコーン様がとても嫌そうに顔を顰める。
「あー、そうですね。エル様を苦しめる諸悪の根源です」
「滅してしまいますか?」
思わず低い声が出た。
フェンリル様たちも(それもいいな)という雰囲気を醸している。よしやりましょう。
しかしフェンリル様が頭を振った。
「くっ。俺がフェンリル様のお言葉を代弁して説明しましょう……。
その機械は異世界の連絡道具です。エル様が”落ちて”きた時に持っていました。
先ほどの音は通信音、だそうです。原理はよくわかりませんが、遠く離れた場所の者との会話を仲介するのだとか」
素晴らしい道具だ。政治家としてはそう感じる。しかしエル様を苦しめているんだよな?
「異世界でエル様は常軌を逸するほど働かされ続けて、倒れる寸前だった。
そのカイシャという場所から、連絡が来るらしい。先ほどの音がその合図です」
ここでフェンリル様がグルルッと喉を鳴らす。獣の威嚇。
「……王子、手に力がこもっていますよ。気持ちはよく分かります。
エル様の親からのメッセージも届くようなのです。だから俺たちはその機械を忌々しく思いながらも、壊してしまうことができない」
「それは……難しい問題ですね」
なんとか絞り出した返事は曖昧なもの。先ほどの勢いも消沈してしまった。はあ。
「プリンセスは親に愛されていますよね?」
確認する。親は子どもを愛するものだが、まれに子を虐待するものもいる。フェルスノゥ王国でも前例がないわけじゃない。
「エル様の実の親は彼女を愛していると感じた、と」
「よかった……!」
その道具がエル様を傷つけるばかりでなくて少し安心した。
……と思ったんだけど、妙な雰囲気になる。あれ? ユニコーン様のチョップが落ちてくる。なんで!?
「異世界の親への未練があるのではないか、とフェンリル様はお悩みなのです。どちらにせよエル様が異世界に帰る術なんてないですけど」
「そ、そうでしたか」
それも難しい問題だ。でも再び安らかな寝顔になったプリンセスを眺めて、今が幸せなはずだ、と僕は確信した。
それを伝えようと口を開いて……
ピピピピッピピピピッピピピピッ
またあの不快な電子音!
ゆっくりする間もないまま僕たちはみっともないくらい大慌てする。
エル様の目尻に涙が滲んだのを見て、どうして彼女が苦しめられなければいけないんだ! と憤りを覚えた。
「これは通信道具なんですよね?」
機械にいくつかの記号が現れたのを確認。
僕はこういうものへの勘がいい。広く浅く、器用貧乏なんだよな。
ユニコーン様がエル様の耳をふさいでいるのを確認して、緑色に点滅している記号に触れた。絵が変わる。
『ーー藤岡柊! 電話にすぐ出ないとは何事だ。まあ今はそれはいい、諸事情があって君の退職は取り消すことになった! 君のための緊急特別措置だ。だから今すぐ出社してくるように!』
中年男の叫ぶような声。
内容は理解できない部分もあるが、威圧的な口調に不快感しかない。
視線を向けるとフェンリル様たちが頷いたので、フジオカノエルとはプリンセス・エルのこと……なのだろう。
「まず自分から名乗るのが礼儀なのではないでしょうか?」
冷たい声で対応する。
するとあちら側にも僕の言葉が伝わったのか、ひゅっと喉がなる音が聞こえてきた。すごい精度だな、この道具。
『ーー人事部の道永だ』
「初めましてミチナガ様。僕はクリストファー・レア・シエルフォンと申します。フジオカノエル様はそちらに戻ることはございません」
『ーー誰だ、なんなんだ!? 血縁者か……!?』
「血縁者。その通りです」
この方が都合がいいので今はそうさせてもらおう。
『ーー親族に電話を代わってもらうなんて。まだまだ一人前の社会人とは言えない。藤岡君はまだまだ社会で学ぶ必要がありますね。本人に代わってくれますか』
男性の声は焦りを含んでイライラしている。こっちが怒りたいくらいだが!
「お断り申し上げます。彼女はとても傷ついていて、癒される必要がありますから。
そちらの事情をうかがって伝言することはできますよ。
クビの取り消し、おそらく解雇を取りやめということですよね。事情がないはずはありません」
『ーー……分かりました、説明しましょう』
相手の声が一段階落ち着く。この雰囲気は知っている。態度を軟化させて、あわよくば懐柔しようとしているんだろう。
『ーー藤岡君が解雇となった原因の大きなミス。……実は彼女の先輩社員がなすりつけたものと判明しました。
日頃頑張ってくれていた藤岡君がそのようなミスをするはずがないだろう、と我々は思い直して調べたんです。皆で残業して、細部まで業務を洗い直したんですよ。
問題の先輩社員は自分の仕事のほとんどを藤岡君に任せてばかりで、指導者にふさわしくないのでクビが決まりました。
安心して復帰できるよう場を整えたのはこちらの誠意です。
藤岡君がいなければ我が社はまわらない。君のこれまでの業務知識はムダにすべきではない。早急に出社を、皆が待っている、と彼女に伝えて頂けますか!』
反吐がでる内容だ。
そのミスの責任をプリンセス・エルにとらせてまた働き潰すのが見え見え。
彼女が優しく責任感があるのをいいことに人情と罪悪感に訴えかける。
誠意? 謝罪すらなく? 馬鹿にするにも程がある!
「伝言はいたしましょう。それでは」
伝えるわけないけどな。
『ーーま、待って下さい! 業務ミスにより巨額の負債が発生し、その対処は専門業務をおこなっていた藤岡君でないと間に合いません。
我が社は破産になってしまう!
明日の午前中までに必ず連絡を、そして出社を……!』
僕の雰囲気を察したらしい。ふぅん。
「先ほど述べたとおりです。貴方がたが信用に値するよい対応をしたならば、自信を持って明日をお待ち下さい」
相手は絶句した。
ん? ユニコーン様が手招きしている。額に青筋が浮かんでいて、おお怖いお顔だ。
フェンリル様共々、獣耳がピクピクしているのでカイシャの音をしっかり拾ったのだろう。
ユニコーン様の隣に行って、機械を彼の口元へ。
「地獄に堕ちろ」
『ーーウワッ!? なんだ、なんなんだ!?
ーービビビビ! ビビビビ!
ーー部長! 親機の故障です、通信システムとデータバックアップがぶっ壊れました……!
ーーなんだって!?
ーー通信履歴を遡れません! 顧客データも飛んだみたいです……親機が煙上げてるので、多分、子機は全滅ぅ……
ーー子機にバックアップは!?
ーーそれを管理してたのがあの藤岡さんですよ! パスワードとかも!
ーーヒラ社員だぞ!?
ーー上司がそれも彼女に押し付けてたんです! って判明したじゃないですか!? ちなみにその上司、証拠隠滅のために紙のパスワード管理表とか全部シュレッダーしてますね……
ーーっあああ! くそっ!
ーー藤岡さんなら全て記憶してるでしょうけど。
ーークリストファー氏! まずは早急に藤岡君にパスワードの連絡をと、この際電話で話してもいいので!』
「地獄に堕ちろ」
『ーー部長! 大変です、外部からのウイルスが……機械の故障でセキュリティソフトが動いてません!
ーーはあああ!? データが消えて機械全滅、明日の決済にも間に合わない……大損失……この私に、責任が……? やっとこの地位まで登りつめたのに。
ーーどうなっている!? 得意先から苦情の嵐だ、取引停止だと!
ーー社長!?』
「地獄に堕ちろ」
『ーー……ッ元はと言えば資金不足が原因なんですよ! 社長の取り分ばかり多くて派遣社員を雇えずに今の人材でサービス残業、機械メンテナンスしていたSEの解雇で機械故障を招いた!
ーーなんだその口の利き方は!?
ーーどうせこの会社はもう終わりだッ!
ーービビビビ! ビビビビ!
ーービビビビ! ビビビビ!』
だんだんと不快音が増して、おそらく耳障りだったのだろう、ユニコーン様が顔を顰めて頭を振った。
僕が勘で機械を触ると、音が途切れる。
通信が切れた、のか。
「「<よし>」」
全員同じ気持ちで顔を見合わせた。
ユニコーン様が大変晴れやかな顔をしている。
「スッキリしました。ですので、ユニコーンの怨念が効いたのでしょう」
<よくやった>
とんでもない事を聞いてしまった気がする。
清純にして清廉なユニコーン様にはこのようにして心を清らかに保っていたのか……本気で怒らせないように気をつけよう。ほんとに。
「もう大丈夫ですよ」
ユニコーン様が手をプリンセスから離す。
彼の言葉はフェンリル様の代弁でもあるだろう。
白銀の尻尾がエル様にかけられて、彼女はあたたかな雪に包まれているかのようだ。
「……プリンセス・エルにとってはフェンリル様が癒しの冬なのでしょうね」
フェンリル様が少し首をかしげて、思案している。
そして青の目がゆっくり弧を描いた。
「"私がそうあればいい、と思う。オマエたちもエルを癒す存在であるように、よろしく頼む。"……と」
ユニコーン様が通訳。
うッッッ!!
フェンリル様のお言葉が素晴らしすぎて信仰心が高まります……! 先ほど少し嫉妬してしまってごめんなさい。
ユニコーン様も感激に震えている。僕たちの導き手は配下に優しくてなんて誠実な方なんだろう!
心を込めて最敬礼をした。
同じく礼をしたユニコーン様と目が合う。
「そんなことはありませんから!」ってフェンリル様に言って……えーと……フェンリル様が<仲良いな>とかからかったのかな?
「この機械について話し合いますよ。来なさい! あなたは機械に俺たちより詳しそうですから、ええ! それは認めます!」
「あっはい」
ズルズルと首根っこを掴まれてユニコーン様に運ばれる。ぐふっ、ちょっ、息がー!?
かすみ始めた視界でもフェンリル様たちの雪色はとても美しくて感動した。
あっ、本気で息があああっ
さすがに謝られて、ユニコーン様とは親睦を深められたのでまあ結果オーライか。
グレア様と呼ぶことを許された。
ブクマ3300件越え、9300pt越え、どちらも応援ありがとうございます!
励みになります。
今後も引き続きよろしくお願いいたします。
お待たせいたしました。
スッキリ回、となってたらいいな。
ユニコーンの念は電波に乗って効きました。
読んで下さってありがとうございました!




