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32:休息ごはん

 


「この怪物の見張りがいたほうがいいよね」


「絶対に溶けない氷だが……?」


「そういうものって、フェンリル同士の感覚でなんとなく分かってる。でも……この怪物は前代未聞のものだって言うし……念には念を、って。どう?」


「慎重なのはいいことだ。ではエルの言う通りにしよう」


 フェンリルは私の提案に快く同意してくれた。

 よかった、嫌味になってないか心配だったの。


「では、妖精の呼び方を教えよう。

 山頂のツリーは私が呼んだ雪妖精が守っている。今はこの怪物を妖精王たちに見張ってもらうのがいいだろう」


「そうだよね」


 森林の動物がツリーにイタズラする懸念よりも、得体の知れない怪物の方が危険で怖いもん。


「頑張ってみる!」


「では、ともに」


 フェンリルが私の手をとった。

 復唱して、と心地いい声に励まされる。


「ーー冬の女王フェンリルがそなたたちを呼ぶ。雪妖精よ、契約をもって、ここに現れよ」


 フェンリルに視線で促されて、私が復唱。

 そして右手を上にかざして、契約妖精の名前を呼ぶ。


「オーブ! ティト!」


 手の甲の紋章が光り、雪の結晶の魔法陣ができあがった。

 やった……! って、魔法陣すごく大きくない!? 直径1メートルの派手な輝きを、私たちは呆れながら眺める。


<我はオーブ>

<妾はティト>

<<もう山頂に着いたのか!>>


 ド派手に輝きながら、妖精王と女王が魔法陣から出てきた。

 愛称が面白いのか軽やかに笑って、キョロキョロ周りを見渡す。


<<また雪原ではないかー!?>>


 ガーン! と背後に文字が踊っているような気がした。

 フェンリルが笑いそうになって口元を押さえる。


「あのね、実は……」


 事情を説明した。

 オーブとティトは真剣に話を聞いてくれて<<怪物に心当たりはない>>と首を振った。

 そして氷を見上げて<<ひゃーー!>>と声を上げる。


<ふーむ。ここは我らの妖精の泉とも近い。怪物が暴走しても困るので見張りを引き受けよう>

<はやく何か手がかりが掴めるとよいの>


「ありがとうございます!」


 快くガーディアンになってくれるようで、ホッとした。

 妖精王たちは胸をはると、それからしょぼーんとうなだれる。


<山頂へのお散歩……>

<メルヘンツリー……>


「楽しみにして下さってましたもんね」


 そ、そんなに落ち込むほど? って思ったけど、五年間あの泉にいるのは退屈だったんだろうなぁ。んー。


「フェンリル。ここにツリーを生やしてもいい? ツリーを見せてあげたくて」


「エル。しかし、万が一にも怪物が復活してツリーフルーツを食べたら困る。そのような事は無いとは思うが、先ほどの言葉を借りるなら"念のため"だ」


「あっそうだね。ごめんなさい……じゃあ別の植物なら?」


「実をつけないものならいいだろう」


 フェンリルが私の獣耳を撫でて「怒ったわけじゃないし常に正解を意識しなくてもいい。私たちは全員で相談したらいいんだ」って優しく言ってくれた。

 う……そうだね……いい結果のために、みんなで。個人プレーして責任問われなくていいんだ。


 許可を得たから、涙の真珠を地面に埋める。

 な、泣きすぎな自覚はある。この世界に来てから涙腺がゆるゆるだ。だって、感情を受けいれてもらえるから。


 妖精の泉をイメージして、つるバラのアーチを作る。花が咲き乱れた。小さなブランコのようなたゆんだツルも作る。

 怪物が閉じ込められた氷の周りには鋭いトゲの銀のツルを。


「題して<真冬の昼の夢>……かな!」


 綺麗で実用的でもある満足のいく出来になりました! ミニテーマパークだね。


「よくできたな」


 フェンリルが褒めてくれる。

 嬉しい気持ちのまま笑ってみせた。

 綺麗な笑顔を返してくれた。


「「うっ」」


 声に振り返ると、グレアと王子様が口元を押さえて震えている。

 ああフェンリルファンクラブが荒ぶってるわ。


<妾たちにこれを贈ってくれたのじゃな!>

<ありがとう!>


 オーブとティトはきゃーきゃー騒ぎながらつるバラを歩いてみたり、アーチをくぐったりと楽しみ始めた。

 何もない雪原でぼーっとガーディアンをしているよりこの方がいいよね。


「また様子を見に来る。何かあればすぐに知らせてくれ」


 フェンリルが妖精たちに言う。


<<冬姫様へ声を届けると約束しよう>>


 私は妖精召喚のやり方も覚えたし、今ならオーブとティトの声を聞くこともできるんだって。


 連絡を約束してから、二人と別れる。

 とても疲れたから……今日はもう寝床に帰ろうと決めた。


「王子様がせっかく作ったソリ、壊れちゃいましたね」


「また作ればいいですよ」


 本当に器用だなこの国の王族。王族ってなんだっけ、とか考えちゃう。


 氷の馬を作りあげて王子様にまたがってもらった。

 すごく様になってる! さすが!

 鞍の部分には壊れたソリの一部を置いて腰掛けやすいようにした。


「ひゃっ」


 わわ!? 私をフェンリルが抱き上げて、


「グレア。乗せてくれるか? せっかく人型でエルに挨拶したからこのまま行きたい。この姿を快く迎えてもらえて嬉しかったんだ」


「よろこんで!!!!!!」


 グレアのテンションがぐーーーーーーーーーん! と上がってるのがよく分かる。さすがだわ。尻尾まで揺らして。


 フェンリルは私を抱えたままグレアにひらりと騎乗して、しっかり支えてくれた。

 グレアは大型の馬だから二人乗りでも大丈夫そう。というか彼がフェンリルを落とすはずがない。


「行きましょうかクリストファー王子」


 振り返ると王子様は私たちを拝んでいた。

 なんか慣れてきたし、とくに気にせず雪原を後にした。


 グレアに乗っていて背中が温かいのって初めて。

 フェンリルの体温を感じて、なんだか照れてしまった。



 ***



<お帰りなさい!>


 レヴィが走り寄ってくる。抱きつかれるとほんわりと温かくて、ほっとひと息ついた。


<温泉に入る? 体が冷えているわ>


「そうしようかなぁ」


 でもそう言ったとたん、私のお腹がきゅーと鳴る。


「「可愛い」」


 やめてください王子様とフェンリルー!? グレアの小馬鹿にした表情の方がマシだわ! これは恥ずかしい……。

 ご飯の用意を始めた。す、すみません。


 レヴィの温泉でレトルトパックを温めている間に、あの怪物について、それぞれの意見を話す。

 会話が通じやすいよう全員が人型だ。


「あのね。怪物の部品に見覚えがあって……私の世界の工具が混ざっていたの。メイドインジャパンって書かれていて、それって”日本製”私の国で作られたって証明なんだ」


「なるほど。これまで異世界から落ちてきたものといえば、靴下や道具、ちょっとしたものばかりだった。エルのような生身の人が訪れたのも初めてのこと」


「どんどんと異世界のものが発見されていますし……なにか、ある。俺はそう思いますよ」


「あの怪物は日本から送り込まれた……とプリンセスはお考えですか?」


 王子様が真剣に私に尋ねる。

 重みがある言葉だな。彼は政治者として、今、私に向き合っているんだろう。


「違うと考えています。あのような怪物は日本にはいません。あくまで、構成されている工具に見覚えがあった、という話です」


「分かりました」


「……あの……信じてくれるんですか?」


「フェルスノゥ王国の民がフェンリル様を信用しなくてどうします?」


 王子様はまっすぐな瞳で私を見た。

 信用……ありがたくその気持ちを受け取って、頭を下げた。


「王国にも今のエル様の説明をそのまま伝えますね。僕なりの解釈を含めず、まず共有して多様な意見を集めます。

 そしてもうひとつ気になっているのが、あの怪物ははたして1体なのか? ということです」


 王子様の言葉にハッとした。

 そうだ……別に一体だけとは限らないんだ……!?

 たくさんいるかもしれない。そう思うとぞっとした。あの恐ろしい怪物が駆けてくるところ、夢に見そうなくらいなのにぃ……!


「人を襲うならば、王国が危ないかもしれない」


「それを懸念しています」


 フェンリルの直球の言葉に、王子様が顔を曇らせる。

 グレアが洞窟の入り口に歩いて行って、フェンリルは目を閉じて瞑想した。


「ーー今のところ、この雪原で妙な気配は感じない。あの怪物が活動していた時には胸がざわざわしていたが、それもない」


「そうですか」


 王子様の顔が明るくなった。

 状況が良くなったわけじゃないけど、この情報は安心できるよね。うん、よかった。


 グレアが腕にフクロウをとまらせて戻ってくる。


「王国への伝達は早い方がいいでしょう? 中位魔物のフクロウです。手紙を書いてください」


「ありがとうございます!」


 グレアが差し出した便箋に、王子様がさっきの情報をメモして、緻密な怪物の絵まで描いてフクロウに預けた。

 フクロウは私たちに優雅にお辞儀したあと、冬風に乗りあっという間に飛び去っていった。


<温まったわ>


 レヴィがレトルトパックを持ってきてくれる。

 やっと休憩って感じだねぇ。

 ほーーっとため息をついて肩の力を抜くと、フェンリルがくすっと笑った。


 レトルトパックのご飯をみんなに配る。

 中身はドリア。

 それぞれ王子様がミートソース味、グレアはホワイトソース味を選んだ。


「フェンリルはミートソース味とホワイトソース味の両方を食べてみて!」


「いいのか?」


「うん。今日とっても頑張っていたから、特別のご褒美ご飯〜!」


「エルの分がなくなってしまうのでは?」


 確かに、ドリアのレトルトパックは4つしかないんだよね。でもね、


「私はこれがあるから大丈夫! じゃーん。白米おかゆとワサビのお茶漬け〜」


 フェンリルたちが注目する中、しゃかしゃかと袋を振って、温めたおかゆにお茶漬けふりかけをかける。


「美味しい!」


「一番地味なものでガマンしているのでは……?」


 みんな心配性だなぁ。


「私の故郷の伝統食なんだよ。落ち着く好きな味なの」


 渋々ながら納得してくれた。


「ドリアは別の地域の食事なのですか?」


「えーとね。ソースはヨーロッパ発祥、ドリアって料理は私の故郷のアレンジレシピ」


 しばらく、地域の話になる。

 この世界には、雪降るフェルスノゥ王国の他にも、火の国や水の国、緑の国などいろんな国家があるらしい。へぇ。


 王子様は上品にミートソースドリアを完食した。

 グレアもしっかり完食。「問題ありませんでした」とか言ってるけど温泉卵乗せホワイトドリアはさぞ美味しかったでしょうね? ふふふー。


 フェンリルは王子様に似た上品な仕草でスプーンを口に運んで、パチパチと瞬き。


「とても豊かな味だ」


 ミートソースとホワイトソースを合わせるのって贅沢だよねぇ。ラザニアのような味がしてると思う。


「エル。美味しい」


「それはよかった! ん?」


 フェンリルはスプーンにラザニアドリアを乗せて私に差し出している。


「良いものは大切な存在と共有したい」


 そ、そんな風に言われると断れるわけがない。

 ぱくっと食べて舌鼓を打った。

 ああ確かに美味しい。


大切な人エルに分けてもらった食事だからいっそう素晴らしい味と感じるのだろう」


 フェンリルが! そんなこと言うから! 私もグレアも王子様も撃沈した。最高かよ……って聞こえてくる声に同意しまくった。最高だよ。ファンクラブに私も入れて。


 この世界でもこれぐらい豊かな味を再現できる気がする。

 冬の雪が大地を癒して、春や夏には野菜がたくさん採れるんだって。

 またフェンリルたちに振る舞いたいね。


 王子様が目を輝かせたから、王国との共同企画になるかもしれない。


 お腹が膨れるとトロンとまぶたが落ちてくる。


「おいで」


 フェンリルが呼んでくれた。私の手をとって、後ろに倒れこむように引っ張る。獣の姿になってくれた。

 白銀の毛並みに埋もれて、ああああこれこれーー! 好きだーー!


「おやすみ」


 とても深く眠った。

 夜、スマホの着信音が鳴っていたのには気づかなかった。


9000ptありがとうございました!

お礼のつもりでたくさん書いていたら遅れてしまった……5000字お楽しみ頂けますように。


応援励みになります、いつもありがとうございます!


読んで下さってありがとうございました


<1/19 22:50>

本日、レアクラの更新が押しているので、つぎの冬フェンリルは月曜日更新となります。

土日はファンレターの返信に時間を使おうと思います。

どうかご了承ください。

お待たせしてしまいますが、そのぶん面白くなるよう構成を練ってまいりますね。


引き続き見守っていただけますように。

何卒よろしくお願い申し上げます

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