31:敵襲★
雪原を進んでいると妙な気配を感じて……
森林のあたりから何かに見られている感覚。それも冬の動物のような好意的な目ではなくて、ざわざわと肌が粟立つとても嫌な……
これは一体なんだろう?
私は今、グレアに乗っている。
不安になって、手綱を手首に巻きつけてから、グレアの首に腕を回した。
グレアがぴくりと耳を動かす。
私の感情に反応して、王子様のソリをひくトナカイも足を止めた。
フェンリルが低く唸る。
「フェンリルもなにか感じるの? 止まっていたほうがいいのかな……?」
<いや違う、走れ!>
大声! びくっとした瞬間にグレアが駆け出す! わーーーーーッ!?
氷のトナカイも私たちと並走した。すなわち爆走。
フェンリルが一番後ろを走っている。
咆哮をあげて氷の魔法陣をつくると、呼んだ雪妖精が私たちのまわりを舞った。
守りを固めたんだよね……それほどの事態ってこと!?
何が起こってるの? って聞きたいけど、グレアが荒っぽく走るから顎がカチカチなって言葉がでてこないよー!
そうだ……獣耳ならなにか音を拾えるかも。
ーー遠くの方で、ガチャガチャと硬質なものが擦れるような不快音が聞こえてきた。
木の陰から、鈍く光る機械の集合体のような怪物が現れた!
マヌケな表現だけどこうとしか形容できない。あまりに変な形だから。
懐中電灯のライトみたいな人工的な光がギラギラと私たちを照らす。
「何あれー!?」
ようやく声が出た。
って、私たちの方に向かってくる……しまったぁ!?
<俺も見たことがありませんね。黙ってしがみついていて下さい!>
グレアが岩をよけて高くジャンプ!
私は必死で腕に力を込めた。
氷のトナカイも同じ動きをしている、王子様ごめーん!
彼の方をみて、たまたま目が合ったんだけど、王子様はぶんぶん首を横に振っている。
……彼も知らない、ってこと?
あの人工物はフェルスノゥ王国のものではないらしい。
フェンリルは……! 心配で、なんとか振り返る。
”ガオオオオン!”
咆哮とともに白銀の獣が怪物にとびかかっていった。
怪物が避ける。
急停止して横にスーッと動く、ある意味機械らしい不規則な動きをみせつけた。
それからカサカサと蜘蛛のように素早く動き出すぅぅうわあああああぞわぞわするぅぅぅぅぅ!?
フェンリルには目もくれず、怪物は私たちのほうを狙い続けてる。
<狙いはエルか!?>
フェンリルの威嚇の唸り声を聞いて、泣きそうになった。
恐ろしい怪物がどうして私にむかってくるの!? 怖い……!
雪妖精が氷の結界を作った。
怪物は勢いよくぶつかって、仰向けに転がる。でもすぐ起き上がって追ってくる。
あ!? 私も妖精を呼べばいいんじゃないかな!
「オーブ! ティト!」
氷の魔法陣を頭にイメージする。……でも妖精が来てくれない。えっ。
特別な魔法だからイメージだけではだめなの?
そういえば<山頂についたら妖精召喚の方法を教えよう>ってフェンリルが言ってたっけ……。
もーー! 先に学習しておけばよかった。
怪物が飛びかかってきて……王子様を狙ってる!?
<王子か、それとも人間全般を攻撃するのか?>
フェンリルの声に思わず頷いた。
さっきは私が狙われてたもんね。雪妖精が守ってくれたけど。
王国の王子様を殺されちゃったらとんでもないことになるよね!? いや冬姫も、ユニコーンも、フェンリルもみんなが欠けちゃいけない重要人物だ。
それ以前に、仲良しのみんなを失うなんてイヤに決まってる……っ
何か、何か、焦るばかりじゃなくて落ち着いて。
王子様は怪物の攻撃を避けて、ソリから転がり落ちた。
今!
「トナカイ、氷のドームに!」
私の真珠を核にしたトナカイは形を変えて、氷のドームとなり、王子様を包んで守る。
怪物がハンマーのようなものを振りかざした。ちょっ、氷割れちゃうんじゃない……!? 青ざめる。
フェンリルが足踏みしたら氷の壁が出現して、怪物の行く道を阻んだ。
怪物は王子様を諦めて、また私たちの方へ……
<そうはさせない。人間を狙っているのだな?>
フェンリルの静かな声。
あれ? 今、獣耳と人の耳の両方で聞こえたような。
私がぐいっと振り返ったので、振り落とさないようにグレアが速度を緩めた。走りながら、彼も時々振り返っている。
白銀の獣が輝きとともに消えて……長い髪が冬の風になびく。白い服の人が現れた。
あの人は、フェンリルなの?
怪物がより近くにいる人間を狙う。
フェンリル、そんな! 囮に!? 逃げてぇ!
「なめるなよ。エルは心配してくれてありがとう」
白銀の人は余裕のある声で言う。
声にだしていない私の叫びも拾ってくれたみたい。
……ああ、フェンリルだ。なんだか無性に安心した。
「フェンリルの領域を荒らすことは許さない。罪には罰を。<永久氷結>」
フェンリルが手で印を組んで、氷の極大魔法が発動して……
ーー怪物は巨大な氷の中に閉じ込められてしまった。
ーー溶けない氷だ。
どんな魔法なのか、本能で理解した。
「おいで。もう大丈夫だ」
フェンリルがコンコンと氷の表面を拳でたたいて確認して、私たちを呼ぶ。
<エル様。まいりましょう>
グレアは興奮ぎみに駆け出す。
私は、黙ってただぎゅっと腕をまわしていた。
フェンリルの近くにきた。
とても整った容姿の綺麗な人が私たちを安心させるように微笑んでいる。
<素晴らしいご活躍でしたフェンリル様!!!!>
「ありがとうグレア。しかしオマエたちを怖がらせてしまったな……もっと上手く対応すべきだった」
<前代未聞の事案です。最善でしたよ>
「グレアは持ち上げ上手だな。慰められるよ」
フェンリルが私にゆっくりと手を伸ばしてきた。
少しためらいがちに、頬を撫でる。大きな手だ。
「よく頑張ったな。エル」
目頭が熱くなって、ぶわっと涙があふれて真珠に……雪の花がたくさん咲いた。
「降りないのか?」
私はぶるぶる震えながら頭を振ることしかできない。
だって怖くてえええ今更緊張しててえええ腕が離れてくれないの。
<まったく……苦しいんですけど?>
グレアが人型になった。ちょっっっ落ちるーー!? 容赦ないって!
目を瞑ったら、抱きかかえられた。
しっかり安定感のある抱擁。フェンリル?
「こんな形で挨拶するとは思わなかったな。この姿では初めまして、エル」
苦笑したフェンリルの獣耳がしょんぼりと伏せていることが何よりも気になって、私は思わず手を伸ばして、獣耳をそっと押し上げた。
「エル?」
「元気出して」
フェンリルの目がやわらかく弧を描いて、青がキラキラ輝いて綺麗だ。
「ありがとう。人型になって、エルに怖がられないか心配だったんだ」
「どうして? フェンリルがどれほど優しいかよく知ってるから、怖がったりなんてしないよ」
驚いて即効で否定した。
あ! 獣耳がピンと立った。よかったぁ。
「私はフェンリル族初の男性型だからな」
「……うそでしょ?」
こんなに美人なのにー!? たしかに中性的だけども!
顔をわしっと掴んでまじまじ確認してみて造形に感動して、でも喉仏があることで納得した。
マジなの。すんごいな!?
グレアがさっきから拝み倒してるくらい綺麗だよ!?
私のしぐさが面白かったのか、フェンリルがおかしそうに笑った。
「笑った顔がとても美しいです……!」
「そうか。気に入ったならよかった。しかしエルよ、普通に話してくれるか?」
「は、はーい。じゃなくて。うん」
いつもと違うフェンリルの見た目に妙に緊張しちゃってたんだけど、笑い方がいつも通りだったから、ホッと安心した。
もふんとした襟の服を纏っているから、そこに顔を埋める。えーと……これはもはや本能みたいなもので。
「これからも私と一緒に眠ってくれるか?」
「それはもちろん! フェンリルの毛並みは至高だから、もう絶対に手放せないよ……!」
「では末長くエルのベッドでいるとしよう」
あっ。そのフレーズは。
そ、そんなこともあったね。えへへ。出会った頃を思い出して、お互いに照れ笑いした。私よく受け入れてもらえたよね。魔力調和バンザイ。
ーー氷の中でビカビカ点滅していた怪物のライトが完全に消えた。
私たちはじっと氷を見上げる。
……不気味な怪物。でもこれ、ハンマーやレンチ、ネジ、ライトが混ざった工具箱のような印象なんだよね? あっメイドインジャパンの表記。
どうして人を襲うんだろうか……。
”ドンドンドン”と何かを叩く音が聞こえてきて、びくぅっと肩を跳ねさせる。
あ……王子様を氷のドームに閉じ込めてたのを忘れてた! ごめん。
彼を助けだすと、フェンリルと私を見て「……プリンセスが二人ー!?」なんて驚いていたので、グレアの脳天チョップを食らっていた。
うーんドンマイです。
王子様を経由してフェルスノゥ王国にも連絡しよう、って話がまとまった。