21:鈴の音と帰宅場所
私たちが拠点にしているのは、山頂に近いところ。
森林地帯からは少し離れている。
坂を登っていくので、途中からはグレアに騎乗した。
「レヴィは歩いていけるの……?」
氷の橋で渡る場所もあるんだよね……。
適温になったからといって、レヴィが熱いのは変わらないし、怖いんじゃない?
それにさすがに疲労してきてるみたい。
<んー。どうしようかしら>
<グレアに二人乗りはきびしい?>
<わたくしは熱で冬毛を溶かすし、ただひたすら歩いていくことしかできないわ……ここに温泉を展開するべきかしら……>
グレアを困らせて、レヴィをしょんぼりさせちゃった……一緒に、って言い出したのは私だから責任を感じてしまう。うう……!
レヴィはさみしがりだから、できれば拠点近くまで連れて行きたいんだけどなぁ。
「ソリとか、あればいいのに」
溶けないやつ。
<人間が使っているが、ここにはないな>
フェンリルも困った顔をした。
氷魔法はレヴィと相性が悪いんだよね。氷水が混ざると、お湯の温度が下がって体調を崩すから。
んーーーー!
<……!>
ふと、フェンリルが顔を上げて遠くを見る。なんだろう?
グレアも同じ仕草をした。
<遠くでソリの鈴の音が聞こえるな>
<ええ>
「…………そうなの?」
私、ピンときてないよ。
聞こえてないし。
あっグレア小馬鹿にした表情やめようね! これから学んでいくんだから!
<王国の者たちがやってくるらしい。冬を呼んだフェンリルへの拝礼だろう>
「えっ! 偉い人と会うってこと?」
<だいたいそんな感じだ。現状を私に聞くためと、あと新たな冬姫を拝みにくる>
「拝みにーーーーーー!?」
とてもご遠慮したーーい!
うへぇ、なにそれ気まずい。
ちょっと気分が悪くなってきた。偉い人……苦手……やばい、私弱いわ……。
獣耳がぺったーんと伏せていると、
<エルが嫌なら、私の後ろにいればいいさ。愛娘の心も守るのが親だからな>
「うっ。考えさせてぇ……」
<いいよ>
フェンリルが頬を寄せてくれた。ふわふわんのサラサラ白銀毛、大好き。癒される。
オマケで癒されてるグレアとともに幸せに浸る。
<エル。遠くの方に集中して、獣の耳をすませてごらん。風から音を拾うようなイメージだ>
「やってみる。……あ! 鈴の音、聞こえた」
軽やかにリンリンと。
<さすがだ。それが使者のソリの音。森の入り口でその音が鳴れば、森の動物が攻撃してこない。そして私が通り道を作る約束になっている>
フェンリルが遠吠えして、ダンっと足を落とす。
魔法文字が長ーーく伸びていって、氷の道が現れた。
……ごくり、と喉が鳴る。
ここを通って使者がくる。
もう一度耳をすませると、「フェンリル様がご反応なさったわ!」「この力強い声……やはり力を取り戻されたのか!?」と歓声が聞こえた。
妙に声が若いな? 女の子の声も……? 聞き間違い? うーん。
フェンリルが慕われてるのは嬉しい。
「うっ。信者が一万人かぁ……」
<なにか?>
「なんでもありませーん。確認でーす」
しんどいな。まあ憂いてもしょうがない。
<使者が到着するのは明日だろう。
トナカイにソリを引かせて大至急やってきているが、夜は野宿で停滞するはずだ>
「そうなんだね」
じゃあそれまでは会わなくていいのかぁ。
そわそわしている困り顔のレヴィを眺める。
諦めて、ここに温泉を展開しようとしていた。
<…………冬姫様……。また、お湯に浸かりにきてね……>
「レヴィ……。大丈夫? 涙が……そうだ。ねぇフェンリル、今日はここを拠点にしない?」
<どういうことだ?>
フェンリルが首を傾げる。おっきいオオカミだけど仕草が可愛いよ。
「レヴィ、さみしいでしょ? だから一晩この場所で過ごして、明日使者の人が来たら、ソリを借りたいの!」
<なるほど……考えたこともなかった。無理ではないと思う>
「よかった!」
<ああ。使者もソリを貸すことを快諾するだろう>
「そうしてもいい?」
<いいよ。私も一緒に話そう>
わーーい! 私がバンザイして、感激したレヴィが抱きついてくる。
おっと涙があっつーい!
だけど……喜んでもらえてよかったぁ。
<エルはレヴィの温泉が本当に気に入ったのだな>
「うん。毎日入りたいな」
<冬姫様! 光栄だわ!>
レヴィのスカートがとろりと私を包む。
んーあったかい。
<私たちは構わないが、外気に触れるところで一夜過ごしてはエルが風邪をひかないだろうか?>
「ここにかまくらを作ったら洞窟みたいに適温で過ごせると思うの」
<かまくら?>
あっ知らない? じゃあ教えましょう。雪国に憧れて育った私の理想のかまくら、ドドーーンと作るよー! わくわく。
レヴィから離れて、足をダンッとふみ鳴らした。
雪を操る。
さらっとした雪が崩れてこないように、氷を混ぜて頑丈につなぎ……っと。できた!
「かまくらだよ。入ってみて! むしろ私が入りたい〜!」
わくわく! わくわく!
一番乗りでかまくらに入っちゃった。えへへへ。
中は広々としている。巨大かまくらだよ。真っ白の天井、憧れだったんだー。
「……適度に暖かいのですね。これはすごい」
人型のグレアが感心の声を上げる。フフン!
私が風邪をひかない温度か見極めるために、わざわざ人型になったんだって。
<この姿でも余裕で入れるな。エルの気遣いの賜物だ>
しまったああああ! フェンリルの人型を見るチャンスだったんじゃないの!?
巨大かまくらじゃなくて、小さくするべきだったかも……
<今宵も私を寝床に心地よく眠るといい、エル。私が側にいるよ>
魅惑の白銀毛皮がふわんっふわんっ!
この誘惑には勝てないわ……どうしても狼フェンリルに包まれて眠りたい……人型はまた今度ね。
外に出ると、ひやっと風が吹いてきて肌寒く感じるくらい。
つまり?
「レヴィーー! 温泉に入りたいなー!」
<いいわよ!>
にこにこ笑顔のレヴィが抱きついてきて、そのまま温泉を展開。
倒れ込んで尻餅をついた姿勢で、私は温泉に浸かった。
温泉の方がやってくるってすごいな。今更ながら。
<エルのごはんを狩ってくる>
<楽しみにお待ち下さいませ……ね!>
暇を持て余した獣たち待って。
ちょっと待って。お願い。待とう!
注文くらいさせて?
グレアの顔が怪しいんだよぉー!
ユニコーンがそんなに邪にニヤリと笑ってていいの?
温泉上がりには軽いものが食べたいってお願いした。
果物とかだと、ありがたいです……!
と思っていたら、帰ってきたグレアが持っていたのは卵。
どうりで人型だと思った。慎重に運んでたんだ。
フェンリルは自分の食事も済ませてから帰ってきた。
「温泉卵が作れるっ!!」
私の目はギラギラ輝いていることだろう。
だって温泉卵は大好物だよ!
非常用バッグにパックのお醤油も、お皿もあったし。えへへへへへへへ。
わくわくわくわくわくわくと温泉に卵をつけて、じっくり様子をみる。
レヴィが興味深そうに覗き込んでいる。
彼女は食事をしないんだって。
「……ねぇ……そういえば前から気になってたんだけど。気を悪くしないでほしいんだけどね?
フェンリルって森林の動物たちを守っているじゃない。
でも狩りは別なの?」
<別だな>
わぁ答えが簡潔。
<フェンリルは森林の秩序を守る。動物の冬毛の世話をするのもそのためだ。
しかし私とて、肉食獣としての食事は必要。
己の身体能力を駆使して食べる・食べられるために戦うのは、弱肉強食の自然において自然なことだ>
そうなんだ。
えーと、某ライオン王みたいな価値観なのかな?
うん、納得。
動物に自分の身を捧げさせる命令をフェンリルがすることはない。
そして、フェンリルから逃げ切った動物もいて、その者には祝福が授けられるんだって。
普通の動物が聖獣になったりする。へぇ!
魔法世界の神秘だ。
「あ。温泉卵ができたっ」
真剣な顔をしていた私が急ににへっと笑ったから……フェンリルが震えている。あー……笑わせちゃったねぇ。
食欲はつよいから。仕方ない。
大きめの卵が二つ。
フェンリルは卵があまり好きじゃないんだって。
そっかぁ……。
「グレア。食べよう。ちょっ、そんな珍妙なものを見る目をしないでさぁ……温泉卵だよー。はいどうぞ」
卵を割って、ぷるるんと白身がお皿で揺れる……あああああこれこれ! これー!
「食べたことがありませんので」
グレアは覚悟した顔で温泉卵をすすった。
ちょ、毒味じゃないんだから。
そして表情が変わる。ヨッシャ!
「美味しいでしょう!?」
「まあ、認めましょう」
「お醤油をかけるの忘れてた。はい」
「ーーーーッ!? こここれは……ッ!」
「すんごく美味しいでしょー?」
ふはははははは!! その耳のピクピクと感激の顔が見たかった! 必死に取り繕ってても丸わかりだよグレアー! 人型の表情作りに慣れてないんだろうね。やったね、めっちゃ気分がいい。
私も温泉卵ON醤油を食べる。
「至福ぅ」
温泉と卵でぽかぽか、身も心も味覚もとろけた。
フェンリルに包まれて眠る。最高すぎる。
次の日に使者が来ることなんてすっかり忘れていた。ばかー。
これから物語を動かしていきます。
ポイント節目と、できるだけ一日一度更新できるよう頑張りますね。
引き続き、ブクマなどして長く読んで頂けますように。
読んで下さってありがとうございました