11:宝石の洞窟
雪妖精の案内で、洞窟へとやってきた。
……洞窟、なんだよね。雪に埋もれてるから入り口がまるで見えないけど。
「このこんもりした雪は、またスノーマン?」
<よくできました>
「グレア、私のことをバカにしてない?」
<褒めましたのに?>
嫌みっぽいので頬をぐにぐにしておく。
ひゃにをなさいまふ!! なんて言っている。
今の私は好感度を考えずに本能的に動いているので、けっこう無遠慮でどうしようもないよ! わはは! それでもひどい嫌がらせをするつもりはないけどさ。
ぐにぐにも手加減しているよ。
「痛かった?」
<これしきで?>
ハン、とグレアが鼻で笑うしぐさ。
そうか、そんなに頑丈なのかー。もみ甲斐があって大変よろしいね?
ぐにぐに〜。
グレアが文句を言ってくる。
<何をしている、お前たち。まあ楽しそうだな>
<滅相もございません!>
「うん、楽しかったかな! 多分」
<た・ぶ・ん!?>
「グレアは元気だよね」
<そうか。きっとエルのおかげだ。いつも静かすぎるくらいで心配していたから、よくしゃべるようになってよかったと思う>
<ぐうう……!>
グレアがうなっているのは、コレ、絶対に、フェンリルからの<心配・しゃべるようになってよかった>が影響してるよね?
幸せそうでヨカッタネ。
まあそれはおいといて。
洞窟だよー!
「スノーマン、目覚めさせよう」
<切り替えが早いな、エル。まあ、そうしよう>
フェンリルがくっくっと低く笑って、足踏み。ダーン!
雪の結晶のような魔法陣が広がっていき、雪が動いた。
まとまって大きな雪玉がみっつできあがる。4段に積み重なって、一番上の顔がぐるりとこちらを向くと、木の枝などで目と鼻が描かれている。
<ふぇんりるさま……?>
<そうだ。今年の雪はさらりとしているだろう。勝手が違うかもしれないが、慣れてほしい。新たな冬姫がこの雪を作ったんだ>
フェンリルが振り向いて、私を紹介する。
う、さっきも同じ流れだったけど、ちょっと緊張する……このスノーマンって特別大きくて威圧感があるから。
木の枝で作られた顔も、表情が分かりづらい。無表情に見えるから、しゃべりださないとちょっと苦手かも。
ぎゅっとグレアの首を抱く手に力がこもる。
<手加減してくれます?>
「いざとなったら守ってね? 補佐さん」
<補佐は騎士ではありません>
「乗られる側だしね」
<エ、ル、様!!>
<あははははははは>
おおう! スノーマンが大笑いして風がおこり、周囲にパウダースノーがぶわっと舞う。
<こんどのふゆひめさま、とてもおもしろい。わらったら、ゆきのからだ、なじんだ。ありがとう>
<そうか。よかった>
フェンリルが私よりも先に答える。
私とグレアは別にスノーマンを笑わせるつもりがなかったから、なんとなく顔を見合わせた。
「えーと。よかったね?」
<フェンリル様のおおせの通りですので>
このフェンリルバカ。
<どうくつにごようですか? ふゆのあいだ、このどうくつをまもるの、わたしのやくめ>
スノーマンがぐーんと伸びをした。役割を誇りに思って、胸を張っているみたいに。
で、でかっ! さっきのスノーマンよりもひと回り以上でかい……それに、雪を集めてさらに大きくー! 5段だよ、5段っ!
ぽかんと大口開けて上を向いていたら、スノーマンのまゆげ(の枝)がやんわりとハの字になった。
「あ、優しげな表情」
<これでこわくないですか? ふゆひめさま。わたし、どうくつのガーディアン。だからかおがきりりとこわい>
「うん、大丈夫」
か、かおがきりりとこわい。なんだか言い回しがツボに入った。
笑顔を向けると、スノーマンはホッと息を吐いて、冷風がひやっと私たちの頬を撫でた。
<おいで、エル。中を見せてやろう。森の魔物でもここに入れるものは多くないんだ。
冬にしか出現しないレアジュエルがある>
「そうなの!」
あっ、好奇心が全力で声に滲んだ。宝石に反応するって現金かな? ちょっと恥ずかしかったかも。
スノーマンが入り口から退いて<いってらっしゃいませ>と手を振る。
フェンリルと、私を乗せたグレアが洞窟に入る。
***
洞窟の中は明るい。
それは、氷の支柱が至る所から生えていて、発光しているからだ。
ツララの延長みたいな氷、すごく太いの!
「うわぁぁ……! これ、冬を呼んだらいきなり生えたの?」
<そう。そのような性質なんだ。フェンリルの魔法は一瞬で冬を呼ぶからな>
ふっ、とフェンリルが息を吹きかけてきた、うわ! 耳に風が入ったぁぁぁゾワっとしたんだけど!? 獣耳がヒクヒク揺れる。
あ、私も半分フェンリルだからねってことを言いたかったの?
もーー。案外おちゃめだよね。
<何か考えこんでいる様子ですが……。エル様、しっかりこの洞窟を眺めて下さいませ。せっかくの光景ですよ>
「あ、そうだねグレア」
彼にしては親切。
顔を覗き込むと、目がうっとりしていて、ああグレア自身もきっと綺麗な宝石が好きなんだね。
<今年はとても大きな宝石が生まれていますね。なんと素晴らしい。氷の中で輝きを放っています>
グレアがとくに眩しい支柱まで連れて行ってくれた。
あっ! 氷の中に宝石が……これがキラキラしていたの?
原石というより、すでにブリリアンスカットされた宝石そのものの見た目。原理は知らん。
ファンタジーだなぁ……!
「これはなんの宝石?」
<インペリアルガーネットでしょう>
ガーネットだけならそんなに希少ではないはずだけど、皇帝! そう聞くと凄そう……凄いんだろうなぁー。
見渡すと、赤、緑、青、黄色、いろんな宝石が埋まってる。オールカラーの宝石が集まってるなんて、この鉱山豪華すぎない!?
ふと、フェンリルと目が合う。
あ、にやってした。
<若いお前たちにいいものを見せてやろう>
フェンリルが前足をダンダーン!
フェンリルを中心に、魔法陣がどんどん大きく拡張していく。洞窟の壁に雪色の文字が描かれた。
すると……
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
何このすごい音!? 地鳴りのような……
洞窟の天井が、真ん中から割れていく。
唖然と上を見上げた。
「ひええぇ……洞窟の岩の中に、宝石がギッシリ!?」
<このようになっていたのですね。これらの原石が、冬のツララに内包されて、癒しの魔法の力で輝くように変化するのでしょうか?>
グレア賢そうなこと言ってるぅ。
<その通りだ>
褒められたから、とても嬉しそう。
いいなぁ、あとで私もフェンリルを撫でて褒めてもらおう。両者特でいいよね?
<お前たちに喜ばれてよかった。この力を使うのは、どうだろう……50年ぶりだ。驚いた顔、楽しませてもらったぞ>
えー。ちょっと照れます。グレアのたてがみに顔を埋めると、苦情がきた。
ふふん、一人で照れ顔を晒すといいわ。
顔の赤みが収まったから、フェンリルに尋ねる。
「いろんな宝石が一緒になっているのはどうして?」
<さあ? そういうものだから>
おおう、まさかのざっくり回答。
まあ、自然のことなんてそんな認識で良いのかもしれない……ましてや、この世界には魔法があるんだし。
ん?
「ねぇ、あそこ。機械が挟まってない!?」
<どれ?>
「灰色の……」
グレアから降りて、フェンリルの側で指差すと、フェンリルが鼻先で私を天井付近まで押し上げてくれた。わわっ! 手に取る。少し原石と馴染んで色づいている。
「……これ、携帯ラジオだ」
えー!? 錆び付いた四角い機械は、チャンネルを合わせるつまみがついていて、まさに地球のラジオ。というかメイドインジャパンって書いてあるわ。
どういうこと?
ちょっと、背筋がゾッとしたんだけど。私以外にも、誰か、きている……とか……?
立ち尽くしていると、フェンリルが顔をすり寄せてきた。ふ、ふわっふわ!
<大丈夫か? 顔色が悪い>
「えーと……………………………………大丈夫じゃないかも」
<よく言えたな。教えてごらん>
「うん」
フェンリルはとても優しくて、特別な力を持った強い存在。味方でいてくれるとすごく安心する……。
「ありがとう」
<愛娘だからな>
「ふふ。あのね。このラジオの持ち主が、この洞窟のどこかに、いるのかなあって考えてて……」
あれ、私の説明が悪かったかな?
フェンリルもグレアもあんまりピンときてないみたい。
「えーと、私は、この世界にいきなりやってきたよね? カバンとか持って。
このラジオ……って道具は多分私の世界のものなんだけど、ラジオとともに誰か、人が落っこちたんじゃないかと思ったの。この洞窟をさまよってるとか? もしくは、石のなかにいるとか……?」
う、うおわあああああまたゾワってした!
ぶるりと震える。
<ふむ。それはないだろう。エルはたまたま人を召喚する魔法陣に割って入ったが、そんな事例は初めてだと思う。
この世界には、たまに異世界の道具が紛れ込むことがあるのだ。エルの故郷のものかもしれないな。
だからその機械とともに人が来たとは考えにくい。ないだろう>
<俺もそう思います>
「そ、そうなの」
フェンリルたちの説明……まじなの?
そっかぁ、妙なことが起きるもんなんだねぇ。
やたらとオシャレな靴下が森に落ちていることがたまにあるって。ちょ、ちょっと! 靴下が片方だけなくなるってよくあるけど、あれ異世界転移だったの!?
なめらかな泡が作れる石鹸は貴族女性が取り合いした、なんて面白い話も聞く。へぇー!
……何か大切な説明をスルーしちゃったような?
<そろそろ戻すか>
フェンリルがまた足踏み。
わわっ! 地響き。
洞窟の天井が元どおりに閉じていく……ああ、とっても綺麗だったなぁ。名残惜しい。
グレアも夢中で、あの光景を目に焼き付けているみたい。
原石がステンドグラスみたいに鮮やかに天井に並んでて、夢のような景色だった。
……ふと思い立って、錆びたラジオのチャンネルをいじってみる。
ガリ、と小さな音。
「ーーーーーーーッ!!」
<どうした!? エル!>
「な、なんというか……不快音だったぁ……!」
黒板を爪でギリィィィってやるあの音が、獣耳からハッキーーリと聞こえてきたんだから、マジ地獄!!!!
耳を押さえて身悶えする私の後頭部を、二人がちょっと呆れながら眺めている気がする……。
<自爆、というやつですね。はあ>
あとで覚えときなよ、グレア。
やっと立ち上がると、ぽろんとひとつ真珠が落ちた。
<な、泣くほど!?>
「……あれっ?」
<そうか、そんなに嫌だったのか、かわいそうに>
目から涙が溢れたみたい。
グレアの動揺でやっと気づいた。
フェンリルにどこまでも甘やかされる。うわぁんモフモフさせてー。
10分くらい、くっついていた。なんだろう、そこまで? と自分でも思うんだけど、妙に震えが止まらなくて。
ぼうっと、地面に置いたラジオを眺める。
「このラジオは持っていくべき……?」
<なんのことだ?>
ベキョッ。…………おわああああああ!?
フェンリル、さらっと踏みつけた!! しっかりグリグリして念入りに壊している。ひえっ!
にこやかなんだけど、ラジオを一瞥もしないその姿勢は逆にこわいよ!?
……ぺしゃんこになっちゃった。多分。足の下にあるから見えないんだけどね。
うん、そこには何もなかったんだよね!
……フェンリルの心配の気持ちを受け取っておこう。
知らんラジオよりもフェンリルの好意が嬉しいってことで。心の中で合掌しておく。
<さあ、行くか。腹が減っただろう?>
「そうだねー」
お腹がきゅうっと鳴った。
グレアに乗って、出口に向かう。あ、グレアも後ろ足で故ラジオに砂をかけた。
おおお……なんかごめん。
<狩りだ!>
「ワイルド!? まっ、ちょっ、生肉はいやああああああ」
私の叫びは走り出した獣たちの駆ける音にかき消されてしまった。
トナカイを轢き倒した。
読んで下さってありがとうございました!