サマーコンサート⑨
「鮎沢、来年の春、待っているぞ!」
帰り際に中村先生にそう言ってもらえて嬉しかった。
まだ合否も出ていないし、たとえ合格したからと言って、採用されるとも限らない。
それよりも私自身、教育実習を受けて教員免許を取ったとして、本当に教師を目指すのか?そして私なんかに教師が務まるのか疑心暗鬼でいる。
大学の方でも幅広く多く就職活動をして、選択肢を増やし、最も自分に合うものを見つけ出すように言われている。
まだまだ就職活動は、これからだ。
「先生、その前に秋の青葉祭に来てくださいね!」
鷺沼さんと高津さんが言ってくれた。
「バカヤロー、その前に吹奏楽コンクールの県予選見に来てくださいだろーが!」と、鈴木君。
「馬鹿、先生も忙しいんだから東関東大会見に来てくださいにしておけよ、県予選は僕たちで突破しますから」と、松田君が1年生らしくない確りした声明をだす。
最後に2年生の丹沢さんがやって来て言った。
「住之江先生も鮎沢先生も、また来てください。本当に勉強になりました。ありがとうございます」
先生と言われた部長は、顔を赤くして頭を掻いて喜んでいた。
私が丹沢さんの手を取って「また一緒に練習しましょうね」と言うと、周りにいた生徒たちみんながワーッと大声を上げて喜んでくれ、それがまた私の涙腺を刺激する。
「ほらほら皆、鮎沢先生は泣き虫先生なんだから、もうこれ以上泣かさないで爽やかに送り出してあげましょう。住之江部長も今日はありがとうございました。私も長年音楽に携わって来ましたが、今日の指揮は“目から鱗”でした」
そう言って中村先生は丁寧に住之江部長に頭を下げてくれ、それから「さあ、みんな用意は良い?!」と言った。
生徒たちが、その声に反応して一斉に「鮎沢先生、教育実習有り難うございました。また帰って来て下さい!」と言ったあと楽器を構えて演奏を始めた。
曲は私がこの吹奏楽部の部長をしていた時、東関東大会で演奏して全国大会の切符を掴んだ『マーチ・シャイニング・ロード』
爽やかで軽快なその音に深く頭を下げてから部室を後にした。
高校時代何度も行き来した音楽室の廊下、江角くんと里沙ちゃんの三人で授業が終わったあと何度も競い合うように走った。
里沙ちゃんと駆け下りたり駆け上がったりした階段をゆっくり下りて行くと1年から3年までの思い出が逆回転に流れて行く。
曲はパッヘルベルの『カノン』に代わっていた。
この曲は2年の時に全国大会で演奏した曲。
1階の廊下を歩いて職員室の門倉先生に挨拶しようと思ったら、先生は廊下に出て待っていてくれた。
「あれっ、どうして私たちの帰る時間が分かったんだろう?」
「屹度、中村先生と打ち合わせしていたんですよ。曲で知らせるって」
門倉先生に挨拶すると、先生は住之江部長に丁寧にお礼の言葉を言ってくれ、私には「また顔を出せよ」と言ってくれた。





