サマーコンサート①
月曜日の昼下がり、中庭の池の傍のベンチに足を組んでコピー用紙の束を見つめながら住之江房人は、ひとり溜息をついていた。
ことわっておくが僕の名前は『すみのえふさと』であって『スミノエボート』ではない。
おでこは広く禿かかっているオッサンのように見えるかも知れないが、オッサンではなく若干24歳の大学院生で禿かかっているのではなく、この広いおでこは小学生の時からで母親はいつも僕のおでこを見て「賢そうに見える」と褒めてくれる。
たしかに、地元の公立大にスンナリ入ったのだから、母の言ってくれたことは当たっているが、その言葉の大部分は慰めであることは高校の時に初めて気が付いた。
その高校での僕のあだ名は『ぼくぞう』
これはテレビのクイズ番組にタマタマ出演していた俳優の正名僕蔵さんが僕に似ていたからと言う理由で女子の間で広まったが、正名僕蔵さんは僕より年上だから正名僕蔵さんが僕に似ているのではなくて、僕が正名僕蔵さんに似ていると言った方が正しくて、正名僕蔵さんに対して大変失礼な発言だと密かに想っていた。
しかし僕自身その正名僕蔵さんと言う俳優さんを知らなかったので、ネットで調べてみたらビックリするほど似ていて、いつか僕が指揮者として有名になりその生涯が映画化された時には、僕の役をやってくれるようお願いしたいと思う。
話が逸れたが、今僕は悩んでいる。
それは――。
「あれっ?! 鮎沢、超久し振り。教育実習は終わったの?」
「住之江部長、お久しぶりです。長らく部活を休んでしまいましてスミマセン」
鮎沢千春は僕を見つけると、一目散に駆けて来て花のように明るい笑顔で挨拶してくれた。
江角という医学部の同級生が恋人に居る事を知ってはいるが、可憐で気立ての好い鮎沢千春は永遠に僕の初恋の人。
犬好きの彼女が僕を見つけて真直ぐに駆け寄ってくる様子は、まるでその大好きな犬の様。
犬と言っても、そんじょそこらの犬じゃない。
言ってみればイギリス王妃エリザベス女王御用達、ロイヤル・コーギーよりももっともっと上の「ロイヤル・ゴールデン・レトリバー!!」
「住之江部長、そんな犬種ありませんよ」
「えっ!なになに??」
「だから、ロイヤル・ゴールデン・レトリバーって犬種は無いと思いますよ」
「思いますよって……鮎沢さん、ひょっとして僕の心が読めるの??」
「えーっ? だって今、仰ったじゃないですかぁ」
「お仰った?」
そう。僕、住之江房人は興奮すると思っている事が、つい口に出てしまう癖がある。
「あちゃ~っ」
またやってしまった。
「なんなんですか?」
「えっ、な、なにが??」
「そのロイヤル・ゴールデン・レトリバーって」
「あー……エリザベス女王御用達の犬だったかなぁーっと思って」
鮎沢さんはクスリと僕の顔を見て笑うと「それは、レトリバーではなくてコーギーですよ」と優しく教えてくれた。
知っている事なんだけど、その優しい笑顔で言われると、何だか初めて知った方がお得な気分になって「そうだったんだー!」と感動してしまう。
くそっ!っと、思わず鮎沢先生の教育実習を受けた生徒たちが羨ましくて腹が立つ。
こんなに美人で、
こんなに可愛くて、
こんなに優しくて、
こんなに思いやりがあって、
なんにでも一所懸命取り組んで、
人を決して外見で判断しない、
“僕も、生徒に戻りたかったぁ~~~~”
江角という強烈なライバルが居るのは承知で、一度は諦めた恋心が、再びメラメラと激しく燃え上がる。





