教育実習㉛
“生徒たちがまだ来ていない”ではなくて“上がって来ない”と言うのは、どういうことなのだろう。
“私が見落としていた何かの行事?”それとも……。
急に不安な気持ちが襲い、気持ちがどんよりして来る。
表情に出てしまったのだろう、教頭先生が心配して「大丈夫ですか?」と優しい声を掛けてくれる。
「だ、大丈夫です」
口ではそう答えたものの、全然大丈夫じゃない。
だって生徒たちの予定とか行動を、私が何も知らされていないということは、一人だけ“いい気”になって、生徒たちから見放されて居たって事なんでしょ。
こんなんじゃ教育実習しても先生失格だよ。
「とりあえず鍵は私が預かりますから、鮎沢先生は直ぐに小ホールに行ってください」
“鍵、預かる……小ホール、直ぐ行く……?”
小ホールと言うのは私たちが卒業した後で出来た体育館の半分くらいの学年単位での講義会や合同説明会、演劇や映画鑑賞、それにコンサートなどを目的とした多目的視聴覚ホール。
その小ホールに何があるのだろう?
考えている暇もなく、教頭先生の後に付いて歩いていると直ぐに建物の前に着いた。
ドアを開けて中に入っても、部員が練習している楽器の音なんて聞こえない。
「さあ、みんな待っていますよ」
教頭先生が二重構造になっているホール入り口の分厚いドアを開けた途端、楽器たちの音が盛大に私を迎えに来てくれた。
“これは……?”
「生徒たちがね、6時過ぎから学校に押し寄せて練習を始めようとするから、もう朝からてんやわんやでしたよ。さすがに6時台では、近くに住宅もあるから騒音問題で苦情も出かねないですし。そこで急遽、この防音効果の高い小ホールを解放したと言うわけなんです」
私が提案したミニコンサートに、みんなが乗ってくれている!
嬉しい反面、生徒たちの想像を超えた行動が教頭先生たちに迷惑を掛けてしまったと申し訳なく思い、頭を下げて謝った。
教頭先生はニコニコと穏やかな笑顔を見せて
「鮎沢先生が生徒だった時に比べれば、まだまだハラハラ感は大したことはありません。でも嬉しいものですね、この感覚。物事に打ち込める情熱が、このジジイの心も若返らせる」
教頭先生は、そう言って笑い出すと、踵を返して出て行った。
私が生徒だった時のハラハラ感って……郊外コンサート活動とか、OBや外部指導者の受け入れのことに違いない。
きっと職員会議や先生の間では問題になっていたんだろうなと、今になって初めて思う。
当時は、それを門倉先生と中村先生が生徒の私たちに届かないように止めてくれていたに違いない。
卒業して三年経って、あらためて高校生パワーと先生の優しさを知った。





