教育実習㉓
「丹沢さん、ちょっといいかしら」
「あっ、はい鮎沢先生」
丹沢さんに声を掛けたときに鈴木君を振り向いて見ると、お互いに目が合って、それでお互いに目があったことでお互いがピクリと軽く飛んでしまうくらい驚いた。
私の方は鈴木君に内緒で、鈴木君の恋の相手を捜索する少しだけ疚しい気持ちだけど、鈴木君の方はいったいどんな気持ちで驚いたのだろう?
まあ、何も分からないから、今は丹沢さんに集中しよう。
「ちょっと楽器見せてくれるかな?」
「はい」
丹沢さんの瑞々しい手から、その手を同じように真新しいオーボエを受け取り点検を始める。
キイオイルもチャンと挿されていて、キイにガタつきもなくしっかりとホールを塞げているし、タンポの状態もいい。
コルクグリスも塗り過ぎではないし、トーンホールのお手入れも確りされている。
「メンテナンスはお店でしてもらっているの?」
「いいえ今は殆ど自分でしていて、年に2回ほどお店でしてもらっています。直近のメンテナンスは自分でやったのですが、なにか悪いところがありますか」
「いい状態よ、綺麗にメンテナンスされているわ」
「ありがとうございます!」
心配だったのだろう、少し強張っていた顔にパァっと明るく陽が射した。
「さあて、次はリード……」
最初からリードはヤバそうだと思っていたけれど確かにそれは正解だった。
付いていたのはヨーゼフのリード。
これは他の物より少し高い、良いリード。
ただ、もう使い過ぎてケーンに張りがなくなっていて死んでいる。
「丹沢さん、このリードもう駄目になっているわよ。いつから使っているの?」
「ええ、そうなんですか? まだ3週間目なのすが、もう駄目なんですか……」
丹沢さんは慌ててリードケースを開けて、違うリードを取り出そうとしていた。
「部活で使う。特に朝昼夕と三回も練習しているのなら2週間が限度だと思って。それからヨーゼフのリードは値段が高いけど、それだから安い物より長持ちするともし思っているとしたら、その考えは捨てて頂戴。リード自体は生き物みたいなものだから、寿命はほぼ同じよ」
丹沢さんは、頭に手をやってバツの悪そうに笑った。
「リードケースの中、見てもいい?」
「ハイ」
その中にも寿命が近そうなものや、もう寿命が過ぎたもの、いわゆる“もったいなくて捨てられない”リードがゴロゴロとあった。
確かにオーボエは楽器の値段が高い上に消耗品のリードも高い、日常的に練習しているとそのリードの寿命も極端に短いから大変なのだ。
丹沢さんがオーボエに着けていたヨーゼフのリードは4,000円以上するから、それだけで1カ月のお小遣いが飛んで行ってしまう。
しかもたった2週間で。
だから普通は1個2,000円程度の安いものを使うはずなので、リードケースの中にも確かにその安いものもあった。
気になって3年と1年のオーボエ担当者のも見せてもらうと、二人は安いメーカーの物をつけていた。
「どうして、わざわざ練習にこんな高い物を使っていたの?」
「えっと、まあ、その、なんとなく、たまにはいいかなって思って……」
利発そうな美人の顔が崩れ、しどろもどろになる。
“これは、鈴木君だけじゃなくて、丹沢さんの方も何かありそう”
野次馬根性の芽が、ムクムクとツルを伸ばしているのが自分でもよく分かる。
やはり私も、オバサマ予備軍なのだと痛感(笑)
「ねえ、お金勿体ないから自作して見ない?」
そこで私は、提案してみた。





