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教育実習⑱

“こんなに早く登校したのに一番じゃないんだ……”

 校門を通り過ぎたとき、そう思った。

 そう言えば学生の時、もっと早く登校した時もこの門は殆ど開けられていた。

「せんせー早いよー!」

 私のすぐ後ろから付いて来る足音の主は静かだけど、その後ろに離された鈴木君が、まるで子供が駄々をこねるように言った。

「もっと距離があったら、もっともっと早いわよぉ! 頑張って着いて来なさい! ファイト!」

 校舎に近付くと、私のすぐ後ろを走っていた松田君の足音が急に横に逸れて行く。

 私たち教員用の下駄箱は正面玄関にあるけれど、生徒たちの下駄箱は隣の校舎の奥。

 正面玄関にある受付けの奥の部屋が職員室で、部室の鍵は職員室の入り口の横にある。

“この勝負、貰った!”

 玄関に飛び込んで、靴を履き替えてパタパタと小走りに職員室に飛び込むと、そこにはもう何人もの先生たちが居て、部活の顧問を引退した門倉先生まで居た。

「おはようございます!」

 部屋中に聞こえるくらい元気のいい声で挨拶をしたあと「おはようございます」と、小さな声で門倉先生の傍によって挨拶をした。

「おはよう鮎沢、朝早くから頑張っているじゃないか」

「いえ」

 そう言って首を引っ込めた。

「先生は、なにをしていらっしゃるのですか?」

「ああ、これ?」

 門倉先生が机の上に置かれたプリントやノートを見せてくれた。

「このプリントは一年生が入学後に初めて受けた五教科テストで、こっちのノートは、それをまとめるためのもの」

「つまり、個人別の点数を控えている、って事ですか?」

「いや、点なんか控えていないよ」

 門倉先生が笑う。

 点を控えていないって、それ以外にテストに何があるのだろうと不思議に思っている私に、先生はノートの中を見せてくれた。

 そこには生徒ごとにまとめられた、教科ごとの点数と、特徴や問題点などがぎっしりと書かれてあった。

「これは……」

「そう。生徒ごとの細かい特徴を捉えて、これからの授業に活かすんだよ。特に一年生は向こうもこっちも知らない事ばかりだろ。早く色々把握してあげないと一年なんてアッと立ってしまうからな」

 部活の顧問を引退したと聞いた時 “門倉先生ももう年だから” なんて考えてしまっていたけれど、そうではなかったのだ。

 手に取ったノートを見て“教育者”と言う言葉が浮かんだ。

 顔を上げて他の先生たちを見る。

 誰も雑談を楽しんでいる人はいなくて、みんな真剣な表情で何かをしていた。

 遠くから廊下をバタバタと走る音が近づいて来た。

「鮎沢、お迎えが来たんじゃないのか?」

 門倉先生が笑いながら教えてくれた。

「あっ、いけない!」

 私は慌てて鍵金庫と呼んでいた、ボックスの前に行くと、鍵持ち出しノートに時間と名前を記入して鍵に手を伸ばす。

「鮎沢先生居ますかぁ?!」

 不意に受付の小窓から、私の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこにはニコニコしている鈴木君が手を振っていた。

“なに??”

 そう思った次の瞬間。

「イタダキッ!!」

 松田君の声が直ぐ傍で聞こえたかと思うと、慌てて手を伸ばした私より一瞬早く部室の鍵を握られていた。

 つまり、鈴木君は私の気を反らすための罠。

「あっ、こら! ずるい!!」

 鍵を持った松田君が走って逃げだしたので、私も追いかけて走った。

 廊下の向こうから歩いて来ていた教頭先生に「コラ! 廊下を走ってはイカン!」と怒られ、私たちは走るのを止めてその横を「おはようございます」と小声で呟きながら歩いて通り抜けた。

 でも、松田君の歩き方は、歩くと言うより競歩に近い。

 だから私も、離されまいと、同じようにして追いかける。

 廊下の角を曲がって階段を登り始めるた松田君の愛音がバタバタと走り出したのが分かった。

 折角少し詰めた差が広げられてしまう。

 焦って廊下を走ろうとして、一応後方の安全を確認しようと後ろを振り向くと、まだ廊下の向こうに居た教頭先生と目が合った。

“すべて見透かされている”

 そう思った私は、ニッコリ微笑んでペコリと頭を下げ、降参の意を表した。

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