教育実習⑭
「他には?」
中村先生が、生徒たちに聞く。
“先生、他にって、もうこれ以上ドキドキが続くと私ヤバいかもですよ”
またひとりの生徒が手を上げた。
今度は男の子。
利発そうでカッコイイ子。
“でも、なに??”
「はい、松田君」
「ハイ。鮎沢先生は朝の授業の時に少し考え事をしているように見えましたが、それがこの教育実習に関する事だとしたら教えては貰えませんか? 出過ぎたような発言だとは思いますが、鮎沢先生は先生と生徒と言う立場だと思うので、もしも悩み事や心配事があれば同じ生徒として打ち明けてもらえたら嬉しいと思います」
うわぁ、なんて子たちなの最初の鈴木君はまるで同級生の伊藤君みたいに高校一年生の男の子っていう感じだったけれど、そのあとの高津さん鷺沼さん松田くんなんて、まるで大人顔負けに考え方が確りしているじゃない。
結構生徒たちの迫力に圧倒されている私に、中村先生が「どうなんですか?」と追い打ちを掛けてくる。
「はい……実は……」
“もう、腹を括って正直に言うしかない”
「私がこの高校の卒業生だと言う事は皆さんご存じのとおりです。そして在学中の私は吹奏楽部に居たので、実はこの教育実習を受けるにあたってOBとして、その吹奏楽部にも顔を出してみたいと思っていて、今朝登校して直ぐに顧問である中村先生に連れて行ってもらいました。吹奏楽が好きと言うのも有りますが、OBとして何か役に立ちたいとも思っています。朝の授業中に悩んでいたことは、そうして私が吹奏楽部に顔を出すことにより、特定の生徒と仲良くなってしまうことや、特定の生徒から先輩として頼りにされてしまう事が、吹奏楽部ではない生徒の皆さんからしてみれば不公平と感じるのではないかと思ったからです。先生と言う立場である以上、全てが公平でないとならないと。折角の機会ですから、この場を借りて私の考えについて、どう思われるのか意見をお聞きしたいですが、宜しいでしょうか?」
喋り終わって中村先生の顔を見ると、コクリと笑顔で頷いてくれ「はい、では班ごとに話し合ってから発表してもらいましょう」と生徒たちに呼びかけた。
直ぐに生徒たちは机を寄せ合って、私の投げた議題について話し合いを始める。
中村先生から「ナカナカいいお題ね」と言われて、恥ずかしかった。
しばらくすると、班ごとの意見もまとまったようで、発表が始まる。
先ずは1班から。
凛香さん似の、かなり大人びた鷺沼さんが起立した。
「1班の意見としては、教師は如何なる生徒にも公平な立場でいなくてはならないと思います。しかしそれは各教室内での事で、部活動や定められた学習時間外では、生徒指導の為なら個々の抱える問題点に真摯に向き合うべきだと思います」
ここに来て思ったのだけど、やはり私たちの高校1年生の時よりも、考え方が確りしている。
似たような意見が出た中、さっき優しい意見を言ってくれた松田君の班が発表してくれた。
でも発表者は、松田君ではなくて、少しおちゃらけた鈴木君。
「えーっ、オッホン!」
偉そうな態度で、咳払いをしてみんなを笑わせる。
「俺たち6班としては、先生はもっと自由な考え方をするべきだと思います。と言うのも、屹度このような問題定義をされた場合、もっとも常識的で且つ多い意見としては“先生は平等であるべき”と言う意見ではないだろうか? しかし本当に平等が好いのなら、塾のパソコン授業や、もっと進んでロボットなどを導入すればいい。では何故未だにそうなっていないのか? それは先生と言うものが強いリーダーシップのもと、クラス全体を良い方向に導き出す役目を担っているからだと思います。そして生徒たちも、その中で役割を持つ事により成長して行きます。例えばクラスを引っ張って行く生徒や、みんなが落ち込んだ時に場を明るく生徒、小さな問題に気が付ける生徒。これらは個々の人間の持っている資質ですが、それをクラスという小さな社会で伸ばすことにより、大人になったときにチャンとできる社会人になる事が出来ると思います。俺たちだって仲の好い奴とか、嫌な奴の中で生活しているでしょ。それを棚に上げて先生にだけ公平にしろなんて変な話だと思うし。色んな生徒が居るのだから色んな接し方もあるだろうし、吹奏楽部の部員と仲良くなっちゃっても、それはそれでクラスの情報が入りやすくなるのだから良いと思います。要はクラス全体として平等に見てくれれば、それで良いのではないでしょうか」
あの伊藤君似の鈴木君がこんなことを言うなんて、驚いて感心した。
もっとも、班全体の意見ではあるのだけれど。
しかし、その鈴木君。
よっぽど緊張していたのか発表を終えて着席するときに、通路側に出て発表していたことを忘れて座ろうとしたものだから、そのまま通路に尻もちをついた。
挙句に、最後の悪あがきで女子生徒の机を掴んだが見事にその机も倒してしまい、教室中思わぬハプニングに一瞬静かになった後、大爆笑に変わった。
“これ! そうこれがクラスなのだ”





