教育実習⑬
「はいそれまでー!」
私が口を開きかけた途端に、中村先生がそれを止めた。
呆気に取られている私をそっちのけで質問してきた鈴木君に対して“先生は、みなさんが鮎沢先生に対して、何か困ったことや、こうして欲しいと言うような要望はありますか?”と聞いたはずで、いくら先生と生徒と言えどもお互いに何か問題がない限りプライベートな事は露骨に聞かないように! と注意して、最後に「ちなみに26歳で未婚の私には聞かないのか?」と投げかけた。
鈴木君はそれに対して「中村先生は忙し過ぎて、そんな余裕ないだろ」と言って、またクラスを明るく笑わせていた。
雰囲気が和んだところで、今度は女子生徒が手を上げた。
鈴木君とはタイプの違う、キリッとした目が印象的な真面目そうな子。
「はい、高津さん」
「ハイ」
女生徒は起立すると、中村先生に目を向けた。
「いま中村先生が仰った困ったことや要望と言うのは、本来授業を受けるという“受け身”の立場である私たち生徒としては、まだ授業を始めていない鮎沢先生に対して特にないと思います。それが出てくるのは鮎沢先生が授業を始めて、それが私たちにとって駄目だった時だと思いますので、中村先生にはその時またこのような場を作っていただいた時に議論したいと思います」
高津さんは、そこまで言うと着席した。
「なるほど、これは高津さんの言う通りかもしれませんね。でも、本当に受け身でいいのかしらって私は少し思うのだけど、他に何か意見のある人はいますか?」
中村先生の問いに対して、直ぐに髪の長い女の子が手を上げた。
「はい、鷺沼さん」
「ハイ」
すくっと立ち上がった鷺沼さんは、意外に背が高くてチョッと凛香さんに似た雰囲気。
そして、さっきの高津さんとは違って、真直ぐな目で私を見て来る。
「いま高津さんが言ったように、基本的に私たちは受け身です。しかし中村先生の言うように駄目な教師に当たった場合には、ずっと受け身で居続ける事は私たちにとってマイナスでしかありません。そこで鮎沢先生にお伺いします。先生はどのように授業を進めていきたいですか?」
おお……まさか生徒から『授業進行計画書』の提出を求めるような発言が出るとは思っても見なかった。
「はい、鮎沢先生答えて下さい」
少し何か言葉を挟んで考える間を作ってくれるのかと思っていたら、中村先生は直ぐに私に回答を求めて来た。
「私のイメージする社会科の基本は、小学校の時の生活です。元々私たち人間が高度な言葉を覚える以前から“いつどこで何があった”と言う事は生きていくうえで忘れてなならない要素で、その“いつどこで”と言うものが歴史と地理だと思いますし、人々が集団で暮らすようになった社会で“公民”の基が生まれたと思っています。ですから、私は教科書に沿った授業もキチンと進めて行くうえで、みなさんにもこの考え方をして貰えたらと思っています。それは私たち人間が、時代が進むにつれて進歩していったように、また年齢と共に進歩するようにキチンと考えながら物事を理解していければ、それはその事のみならず、発展すると思うからです」
一応、授業に入る前。正確に言えば教育実習を選んだ時点から、こういった授業をしてみたいという目標があったからいいようなものの、何気なしに来ていたら咄嗟に応えられっこなかった。
でも、こんなので良かったのかしら……。





