教育実習⑩
授業を聞く生徒たちを見ていると、その中に何人か今朝吹奏楽部で見た覚えのある顔があった。
私のために演奏してくれたこと、それに部活の後輩と言う事で愛着が湧いてくるけれど、教育者にとってはそんなことで生徒に対する態度や物の見方が変わる事など許されない。
だからと言って、おそらく向こう側としても吹奏楽部の先輩としての親しみやすさは持ってくれているはずだから、その期待を無視する訳にもいかないから匙加減が難しい。
教育実習が始まって、まだ一時限目の授業が始まって10分しか経っていないのに、急に不安が襲う。
特定の生徒と親しくすることは勿論だけど、たった3週間しかいない私が教室の雰囲気を変えるのも問題があると思う。
悪くするのは当然駄目だし、良くするのも1年間生徒たちを受け持つ先生に迷惑を掛けてしまう。
じゃあ、私はいったいどうしたらいいのだろう?
影のように、まったく目立たず、誰にも気にされない存在で居る?
それでは何をしに教育実習に来たのか分からなくなる。
では、いったい……。
なんとなく今直ぐにでもこの教室から、いやこの学校から逃げ出したくなってきた。
“屹度、私は向いていない……”
「ほら、そこ。授業中に、よそ事を考えない!チャンと授業に集中しなさい!」
誰かが中村先生に怒られた。
誰だろうと、教室を見渡すと、生徒たちと目が合った。
窓際の生徒も、通路側の生徒も、教壇に近い所にいる生徒も後ろの生徒も。
最後に中村先生を見ると、中村先生まで私を見ていた。
“ひょっとして今注意を受けたのって、生徒ではなくて……わたし??”
人差し指で自分自身を指すと、中村先生がウンウンというように首を縦に振ると、生徒たちの何人かも同じようなジェスチャーをして私を見る。
なんと教育実習初日から、やらかしてしまった。
「はい、じゃあ鮎沢くん。今何を考えていたのか、正直に発表しなさい」
“うわぁ~……注意を受けただけではなく、理由も発表するんですか??”
心の中では大声で抗議の気持ちを叫んでいたけれど、そんなことを口に出すことなんて出来るはずもなく、ここはおとなしく従うしかないのだ。
「すみません。これから3週間の事を考えていました」
「具体的には?」
「教育実習と言う短い期間の中、生徒たちとどのように向き合うべきなのだろうと考えていると、なんだか私はこの学校に来るべきではなかっのではと考えていました」
私の言葉に、生徒たちが騒めく。
「はい、では今の鮎沢先生の問題については、今日6時間目のホームルームの時にみんなで一緒に考えましょう。お題は“教育実習の先生は、生徒たちとどのように向き合うべきか”です」
“わわわ! なんとホームルームで生徒たちが私について話し合うことに!!……もしもここで生徒たちにクビを宣告されたら、もう私生きて行けそうにない。ロン!助けてぇ!」





