教育実習⑧
教育実習生と言っても、生徒たちにとっては先生。
その先生が、音楽を聴いただけで泣いていたんじゃ、余りにも頼りなく思われてしまう。
だから、確りしなくては!
“とりあえず、みんな演奏中は楽譜に夢中になっているから、今のうちに涙を拭いておこう! そして、それからは泣かない”
そう決めて、ハンカチで涙を拭いてから“凛とした態度で!”と自分に言い聞かせ、背筋をピンと伸ばし気合を入れて最後まで聴いた。
あの時の名古屋国際会議場を思い出す。
会場から沸き上がるような、拍手の振動。
でも、ここにいる聴衆は私一人。
それでも、私一人のためにこの難しい曲を練習してきた後輩たちに感謝の気持ちを伝えたくて、椅子から立ち上がって拍手をした。
意外にも拍手は私一人ではなくて中村先生と門倉先生も加わり、更に演奏していた生徒たちまでも加わって大きな輪になった。
演奏者が拍手するなんて珍しいなと思っていると、生徒たちが拍手の終りに声を合わせて言った。
「おかえりなさい。鮎沢部長!」
“おかえりなさい……”
心の中で生徒たちから貰った温かい言葉を復唱してしまうと、胸の奥から熱いマグマが込み上げるように、抑えていた感情が溢れ出す。
恥ずかしいけれど、決して蓋をすることはできない。
でも、それが喉を通り過ぎる前に、私には言わなくてはならない言葉かある。
それは感謝の気持ち。
思いっきり息を吸い込んで、少しだけ感情が込み上げてくるのを抑え、言った。
「ありがとう……」と。
その後は、抑えていた分余計に、涙が溢れて来た。
私はその涙を隠すことなく立ったまま、再び拍手を始めた。
驚いている生徒たちの顔が、曇った目の中でもチャンと分る。
部室に響く拍手は、たった一人だけの拍手だけど、どんな満場のコンサートホールの拍手にも負けない気持ちで感謝を込めて手を叩いていた。
直ぐに女生徒たちの中から、鼻をすする音が聞こえて来た。
あの時、あの会場で演奏を終えた私たちみたいに。
生徒の中から一人が駆け寄って来るのが見え、その後からも生徒が続き私を囲む。
小さな輪は、人が集まることで、やがて大きな輪になった。
「鮎沢部長、戻って来てくれてありがとうございます!」
生徒たちが口々に言ってくれる。
けれども私は言葉を返せないで、ただ輪の真ん中で皆を抱えて泣いているだけだった。





