道㉒
江角君に家まで送ってもらったあと、夜も遅いのでお父さんが江角君を送っていくと言ってくれたけど、遠慮された。
「だったら私の自転車貸してあげるから、よかったら使って」
「えーっ、鮎沢の自転車?」
「よく走るのよ。人力オンリーだけど」
「それって、よく走るって言うのか?」
「う~ん……それは、つまり……」
調子に乗って自転車の自慢をしたのは良いけれど、そう突っ込まれると言葉も無くて、困ってしまう。
「じゃあ、借りて帰るか」
困った私の顔に灯を灯すように、江角君が明るく言ってくれた。
背の高い江角君にはサドルが低くて、小さく映る私の自転車。
「あっ、サドル直していいよ」
「いいよ。BMXみたいで、これも楽しい」
BMX?
「それって車の??」
「一文字違うけど、快適に走れるのには違いない。じゃあな!」
そう言うと江角君は、自転車に跨り、走り出す。
私はロンと、その後姿がスーッと夜の闇の中に消えるまで、いや消えて暫く経つまで見送ってから家の中に入った。
家の中にはお父さんとお母さんの二人だけ。
兄と美樹さん、それに令夏ちゃんは、もう綾瀬のアパート帰ってしまって居ない。
いつも通り、ロンを入れて4人暮らしの我家。
でも、何だか寂しい。
朝から兄と美樹さんと令夏ちゃんが来て賑やかだったリビングを、少し恨めしそうに眺めていると、いつの間にか私の後ろに立っていたお母さんに「千春も来年は卒業だね」と言われた。
そう。春になれば、私も四年生。
四年生になれば、みんながそうしてきたように就職活動をして、その次の年にはこんな私でも社会人になる。
まだイメージも湧かないけれど、来年の春には、どんな会社でどんな仕事をしているのだろう。
地元がいいな。
いや、絶対に地元じゃなきゃ嫌。
お父さんとお母さん、それにロンとも離れたくはない。 一生……。
「ほらほら、ボーっと立っていないで、お風呂に入りなさい」
お母さんにポンと肩を叩かれた。
屹度、お母さんも私と同じことを考えていたのだろう。
「お母さん」
「んっ?」
「私、地元で就職探すから。地元で就職してここから通勤するから」
何故こんなことを言い出したのか自分でも分からない。
ただ、お母さんの顔が、いつも以上に優しくなるのが分かった。
「馬鹿ねぇ、千春は自分のやりたいことをして、何処に行っても構わないのよ。ロンのことはお父さんとお母さんがちゃんと世話をするから」
「嫌、私は絶対にこの家から離れない。だから地元で就職するし、結婚もしない」
「はいはい、分かったわよ、ありがとうね。でも結婚はちゃんとしなさい。そうねぇ~江角君だったら家も自転車で直ぐだから好いんじゃない?」
お母さんが茶目ってたっぷりにニコッと笑う。
「も~お母さんたらぁ~!!!」
顔が赤くなるのが自分でも分かった。
お母さんは、そんな私の抗議など意も解さぬように笑いながら背中を向けて台所に歩き出す。
「お湯が冷めるから、早くお風呂に入りなさい」
そう言ってお母さんは台所のドアを閉めた。





