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道㉑

 簡単な言葉。

“凛香さん”

 いつもそう呼びたかったけれど、いままでそう呼べずにいた。

 平仮名にすると、たった五文字の言葉。

「難しいかい?」

「自信ないかも……」

 もしも“凛香さん”って名前で呼んだとき、嫌な顔をされたら怖い。

「まったく千春は、度胸があるんだか無いんだかわからないな」

 江角君が私の名前を呼んだ。

 一時期、名前で呼んでくれたけれど、滝沢さんとの事を私が疑ってしまったあたりで江角君の親戚に不幸があったり風邪をひいたりすれ違いが多くなってしまい、直ぐに元の苗字呼びに戻ってしまった。

 久し振りに“千春”と呼ばれると嬉しい。

 だって、名前を呼んでもらえるのは家族や親戚など、身内か幼馴染、それに親しい人だけだもの。

「どう?」

 浮かれている私に、江角君が聞いた。

「わ、わたし、やってみる。凛香さんって言ってみる。だって足立先輩はいつも私の事、千春って呼んでくれているんだもの」

 そう言うと、江角君はまた私の髪をクシャクシャと撫でてくれた。

 私が頭を撫でてもらったのを見たロンが、羨ましそうに私を見上げる。

 だから私も、腰を降ろしてロンの頭を撫でてあげた。

 撫でながら、一つの疑問を江角君に投げてみた。

「どうして足立先輩は、急に私に勝負しようって言い出したんだろう?」

 江角君は一瞬黙ってから「鶴岡部長が、将来の展望を言ったからじゃないかな」と答えた。

「えっ、足立先輩って、鶴岡部長のこと好きなの??」

 すこし浮かれて言うと「違うと思う」と直ぐに返された。

「屹度、道を進むために置きっぱなしにしたくなかったんじゃないかな」

「道を進む?」

「そう、人生の道」

「人生の道かぁ」

 まだ学生の私にはピンとこにけれど、なんとなく分かるような気がした。

 屹度、勝ち負けじゃなくて、足立先輩はあの時の自分を置きっぱなしにして前に進むのが許せなかったのだと思う。

 そう思うと、ますます足立先輩……いや、凛香さんが好きになった。

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