道⑲
「足立先輩、今夜の演奏素晴らしかったです」
「千春の演奏も、素晴らしかったよ」
「いえ、そんな……完敗ですよ」
「江角は、どう思う?」
里沙ちゃんのお店からの帰りは兄の車には乗らないで、足立先輩と江角君と三人で、ロンとラッキーを連れて徒歩で帰っていた。
「うん。確かに足立先輩の演奏も素晴らしかったけれど、鮎沢の演奏も素晴らしかったよ」
「え~、そうなの?」
「ほらね!」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。だけど今夜は足立先輩の方が一枚上手だったね」
「もうっ! おだてておいて、最後に落とすの、反則!」
「あはっ。ゴメンゴメン」
珍しく江角君が、おちゃらけて逃げたので、私は追いかけた。
するとロンも、そして足立先輩もラッキーも大喜びで一緒に走り、あっと言う間に先輩の家に着いてしまった。
着いてしまうと、走って時間を早送りしたみたいで、急につまらない気持ちにがした。
「ありがとう、今日は送ってもらって。それに勝負してくれて……」
いつも、あっけらかんとしたまま家に入ってしまう先輩が、玄関の前で立ち止まる。
なにかに気が付いてあげないといけないと思いながら、その何かが分からなくて「こちらこそです」と笑うことしかできない私。
「……じゃあ、おやすみなさい」
足立先輩が、そう言って背中を向ける。
いつもは直ぐについていくラッキーは、まだ私たちの方を見ていて、リードが引かれた。
「ワンッ!」
突然、滅多に吠えないロンが吠え、先輩の方がピクリと上がり一瞬立ち止まる。
「先輩!」
ロンの声につられるように、いつの間にか私も先輩を呼んでいた。
「足立先輩、また一緒に演奏してください。今度……今度は同じ曲を同じ楽器で一緒に演奏したいです!」
空っぽの頭の中から出た言葉は、偽りのない私の本当の気持ち。
今迄、思っていたけど言えなかった――いいえ、言わなくても通じていると勝手に思い込んでいた気持ち。
「――あ、ありがとおやすみなさ」
足立先輩は、そっけなくドアの向こうに消えた。
その声が上ずっていたのは鈍い私でも分かった。
「怒ったのかな?」
江角君の顔を見上げて聞くと「なんで?」とニコニコして聞かれた。
「だって私、後輩だもの。あんなこと言って生意気だって思われたかな……」
言い終わった途端、江角君は噴き出すように笑ったかと思うと、急に私の髪をクシャクシャと撫でた。





