道⑰
アンコールが沸き起こる中を掻き分けるように足立先輩がステージから降りて来た。
「凄かったです!」
そう言いかけた私にニッコリ微笑むと、足立先輩は私の手とロンのリードを取って言った。
「ラッキーも、おいで」と。
“何? 何なの??”
引かれるままステージに昇ると、ドカッと椅子に座らせられて、手にオーボエを渡された。
「足立先輩の、アンコールなのに……」
物怖じしながら私が言うと「そうよ、私へのアンコールだから、私の好きにさせてもらうのよ」と、明るい返事が返って来た。
「ラッキー、おいで」
私の椅子にそばに伏せたロンとは違い、戸惑ってウロウロしているラッキーを呼ぶと、さっきまで鶴岡部長が座っていたピアノの椅子に座り、その足元にラッキーを伏せさせた。
そしてマイクに向かって挨拶する。
「アンコールありがとうございます。今夜は私の恩人である鮎沢千春さんと、5年振りの勝負をさせて頂きありがとうございました。5年前、私は今足元で伏せているラッキーの前に飼っていた犬に死なれた事もあり、入部したての鮎沢さんに完膚なきまでに打ち負かされました。そして、その勝負に負けて部活に出る気のなくなった私を、再び吹奏楽部の舞台に立たせてくれたのは同じ鮎沢さんと鮎沢さんの隣に伏せている犬のロンです。この二人……本当は一人と一匹と言うのが正しいのですが、ここは二人と言わせてください。この二人のおかげで私はまたこのラッキーと家族になる事が出来ましたし、私に足りなかったものも教えてもらいました。その曲をこれから鮎沢さんが演奏します。もちろん私も鮎沢さんに負けないようにピアノを弾きます。それから、この様な場を設けて頂いた茂山夫妻に感謝いたします。それでは聞いて下さい。曲は『風笛』です」
足立先輩の挨拶のあと、拍手が起こり、ピアノが静かにイントロを演奏し始める。
私も、心を落ち着けてリードを咥え、ダブルリードに息を吹き込む。
最初の音を出したとき、足元のロンが顔を上げて私を見た。
キラキラ光る瞳に映し出されるのは、もちろん私の姿。
だから私もロンを見つめ返して、自分の瞳にロンの姿を映してあげる。
足立先輩の方を見ると、二人も私たちと同じように仲良く見つめ合っていた。
そして私たちの視線に気が付いて、今度はお互いを見て、目で微笑み合う。
いつの間にかピアノとオーボエだけだったはずなのに、タンバリンの音が入り、それに続いてアルトサックスとバリトンサックスの音も仲間に入る。
タンバリンは甲本君だと思っていたら、高橋さんだった。
サックスの方は、もちろん里沙ちゃんと茂山さん。
なんか、こうして『風笛』を演奏するのは久し振り。
ロンも今日は直ぐ足元に居てくれるから、その愛情が温かさとなり体を直に登って来る。
登ってきた暖かさは、やがて私のハートに届くと、エネルギーに変わり肺に送られて温かな優しい空気に変わる。
その息をリードから吹き込むと空気が音に変わり、オーボエから出る頃にその音はロンが私にくれた元のものに戻り、まるで夜空に散りばめられたスターダストのように広がってゆく。
最高の夜。
最高のステージ。
そして、最高の仲間に囲まれて。





