道⑯
続いて足立先輩がステージに上がる。
私の時と同じように、ピアノの鶴岡部長の所へ行き、なにか一言二言声を掛けて中央に移動した。
中央に立った足立先輩はグルリと会場を見渡すと、鶴岡部長に目でお辞儀をするとオーボエを構えて、ゆっくり目を閉じて深呼吸をした。
薄暗い店内にステージの所だけにスポットライトの灯りが灯る。
その暗い中に浮き出された足立先輩の仕草が、まるで妖精が舞い降りてきたように見えた。
“綺麗”
私よりも二つ年上なのに、まるでこれから大人になるための冒険に出るような少女に思える。
ゆっくりと深く吹き込まれる息。
それが音に変わり、その音を繊細な指先がメロディーに替え、リードが命を吹き込む。
スローテンポなイントロ部分が、引き波のように会場の空気を吸い寄せる。
そしてイントロが終わり、次はアップテンポなAメロ。
この部分は、兎に角指使いが早い。
それを足立先輩は、なお更早く正確無比に奏でる。
木管大戦争の時の指使いにも感動したが、今夜のそれは全く次元が違う。
キイを押す指先はただ単に素早く正確に押されるだけではなく、大きく翼を広げて春の野を可憐に飛ぶ蝶の羽のように見る者の心を誘い、激しく躍動感あふれるその音は聞くものの心臓をえぐり出すように掴む。
足立先輩の細くて長い指と、今は当分仕舞ってはいるが、激しさを併せ持つ自身の性格的特徴を魅力として見事に表現に加えている。
そして再び、ゆっくりとしたメロディーに変わるBメロ。
今度はイントロの様な神聖なイメージではなく、どこか手の届かない所に居る恋人を呼ぶような切なさを風に乗せて音を運んでくる。
そしてその切ない風は、空に舞い上がり憧れ色の雲になり、聴いている私たちの心をくすぐる。
“なんて凄い演奏なのだろう……”
今迄こんなに凄い演奏をする足立先輩は見たことがないし、プロのコンサートでも聴いたことがない。
最後のサビの部分、オーボエは明るい音色に変わりBメロで作った“憧れ色の雲”をゆっくりと早く突き抜けて行き、永遠に想える青く高い空の上から希望の光を照らす。
演奏が終わったあと、しばらくの間、会場は静寂に包まれていた。
その静寂は、ただ単に足立先輩の演奏に心を奪われただけではなく、演奏を聴いていたひとりひとりが自分自身の思いに心を馳せていたための沈黙。
一人の人が、その沈黙から目覚めて拍手を始めると、他の人たちもまるで現実の世界に戻ったかのように気が付いて拍手を始め、やがてその拍手はスタンディングオベーションに変わった。
もちろん私も、その一人。
完全に私の負け。
でも、その事よりも、とにかく嬉しかった。
こんな素晴らしい演奏が聞けたこと。
そして、こんな素晴らしい演奏をする足立先輩に、いままでずっと見守ってもらっていたこと。
私は、止めどなく溢れてくる涙を拭う事も忘れて、スタンディングオベーションの輪の中で、いつまでも足立先輩に感謝の拍手を送っていた。





