道⑩
犬は決して家族を忘れない。
特に幼い頃に優しくされた思い出は、その期間が短くても。
そして離れていた期間が長ければ長いほど、その喜びは増す。
入って来たのは、鶴岡部長だった。
北海道の大学に行って、5年間ほとんど戻って来ていなかった。
もともとロンは野良犬で、まだ数カ月の子犬の時に保健所に保護されていたのを、鶴岡先輩のお父さんが引き取って飼っていた。
犬が飼いたいと騒いでいた可愛い妹のために、鶴岡先輩の家庭教師をしていた兄が私の誕生日に合わせて貰って来てくれた。
我が屋に来たときのロンは未だ1歳。
犬を飼い出して月に1回の定期健診は欠かさず通っているけれど、スワン動物病院は鶴岡先輩の御両親がしているので、そこで鶴岡部長と会うことは余りない。
そしてロンが鶴岡部長と最後にあったのは、私が高校一年生の時の全国大会が終わったあとの十一月だから、ほぼ5年振りと言う事になる。
あの日はロンの検診の日で動物病院にいつもの時間に行くと、偶然病院の手伝いをしていた鶴岡部長とあった。
私がそこまで思い出したとき、今まで鶴岡先輩の顔を舐めていたロンが、急に振り返り私の顔を舐め始めた。
「もう、何するの」
なんとなく“これでは鶴岡先輩と、間接キスになるのでは……” と、思って顔が赤くなる。
そう言えばあのあと、鶴岡部長から映画に誘われ、江角君と里沙ちゃんと4人で映画を見に行った帰りに、鶴岡部長から告白されたのを思い出した。
映画鑑賞だから、ロンなんて連れて行っていないのに、まるで知っているみたいな素振りに思えるロンのこの仕草。
“超能力!?”
いいえ、賢い犬は飼い主の好きな人や、その飼い主を好きな人もちゃんと分っているの。
紛らわしくなるから言い直すと、好意を持っていると言いかえる方が正しい。
だからロンは、我が家に初めて遊びに来た親戚の人たちにも、初対面から凄くフレンドリーだったけれど、逆に訪問販売の人など知らない人が来るとチャンと番犬らしく吠えて教えてくれる。
“もう……ロンったら”
「鶴岡部長、お久しぶりです」
「鮎沢もロンも元気そうだね」
「ハイ!」
そう嬉しい言葉を掛けてもらって、私とロンは得意そうに胸を張って答えた。





