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道⑤

 ステージの幕が上がる。

 会場の人の入りに心を左右されたくなかったので、客席を見ずに楽譜に集中していた。

 それでも住之江部長が指揮台の方へ歩いて来ると、思っていた以上に拍手が上がり、観客の多さが分かる。

 しかし私は客席を見ず、住之江部長の指揮棒にだけに集中する。


 交響曲第9番ニ短調作品125(Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125)は、1824年にベートーベンが最後に作曲した9番目の交響曲で、日本は勿論のこと世界中で親しまれベートーベン直筆の譜面はユネスコの記憶遺産にも登録されている曲。

 なによりも日本では一年の無事な終わりと、希望に満ちた新しい年を迎える曲として親しまれ、この会場に集まった人たちもその思いを胸に抱いて聴いてくれているはず。

 だから私も、その思いを届けられるように伊藤君との婚約を決めた瑞希先輩や、自分の曲を求めてバンドを組んだ甲本君やドイツに旅立つ事を決めた京子ちゃんたちの出会いから新たな旅立ちの成功を祈りながら心を込めて演奏した。


 そして第四楽章『歓喜』

 横溝さん達のコーラス部と会場が一体になって『喜びの歌』の合唱が始まる。

 目標が達成できた喜び。

 目標に近付きつつある喜び。

 目標を見つけることが出来た喜び。

 高い目標じゃなくてもいい。

 いつも見ている空のような、ありふれた目標でもいい。

 走らなくてもいいから、ただ道を歩いて入れさえすれば、いつかは必ず目標に辿り着くはず。

 その思いさえあれば、どんなことも乗り越えられるのだと思いながら聴いていた。

 そして、この会場に来ている誰か一人の人にでも、その事が伝わって欲しいと願いながら演奏した。

 こうして1時間以上ある長い演奏を終えた。


 会場から沸き起こるほどの盛大な拍手。

 まるで喜びの歌の続きのよう。

 目の前には、全身汗だくの住之江部長の笑顔。

 そして私たちの心の中には、伝えられたことへの達成感が満ちていた。

 音楽を通じて、人と人の心が結ばれたのだと思った。

 拍手されるのは決して演奏していた私たちだけではない。

 その演奏を自分たちの心に取り込んでくれた人たちこそ拍手されるべきなのではないだろうか。

 そう思ってしまい、いつのまにか会場に向かって拍手してしまっていた。

 最初は私一人だったけれど、その拍手の輪は次第に広まり、コーラス部の部員も巻き込んでステージと会場がお互いに拍手し合っていた。


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