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高い山に、碧い空⑯

 お店を出てタクシーで家まで帰ると、もう11時を少し過ぎていた。

 玄関を開けると、いつもとかわらないロンの喜ぶ顔がお出迎えしてくれた。

 私の全身に着いた匂いを嗅ぎまくる。

 多くの人と出会ったときは、いつもそう。

 なにが楽しいのだろうと、前から不思議に思っていた。

 だけど、今夜は少し分かるような気がする。

 これは、自由に外に出ることのできないロンにとっての一期一会ではないのだろうかと。

 決して会うことない人かも知れない。

 でも、その人の匂いを覚えていれば、初めて会えた時でも“はじめまして”と様子をうかがうのではなく“こんにちは!”と元気に言える。


 居間から、お父さんが出て来た。


「どうだった?」


「うん。楽しかった」


「そう、それは良かったね」


「うん。いろいろ勉強にもなったし」


「そうか。じゃあ久し振りに一緒に散歩に行こうか?」


「うん」


 ロンを連れて、一緒に外に出る。

 高い空には、満天の星が飾られていた。


「ねえ、お父さんは、なにかやりたいことってあった?」


 急な質問にお父さんは少し考えて言った。


「そりゃあ出来れば、やりたいことなんて沢山あるよ」


「学生時代、何がしたかった?」


「学生時代は、千春と違ってあんまり真面目じゃなかったから、強いて言うなれば青春を謳歌したかった。そして実を言うと今でも」


 そう言ってお父さんは少し照れ臭そうに笑った。


「出来るよ。今でも」


「おいおい、お父さんはもう50歳だよ。出来るわけないだろ」


「いいえ、なりたいと思い続ければ屹度出来ると思う。今日、私が学んできたことは、そのことだったから」


「ん?コンサートで一流のミュージシャンの人が来たの?」


「そうね。お金儲けは出来ないかもしれないけれど、一流のミュージシャンの心を持った人たちと、その心を持とうと頑張っている人たちに会いました」


「お金を稼がない一流ミュージシャンか……それは大変だし、崇高なことだね」


「私も、そう思った。でも、かたちに惑わせられなくて努力し続ければ、誰だってなれるんじゃないのかな」


「かたち?」


「そうテレビに出るとか、海外ツアーするとか、武道館を満員にするとか。私たちって直ぐ、そう言った形を思い描くでしょ。でも公民館でも小さなライブハウスでも、その人たちに会いたいとか、その人たちの音楽に触れたいとか、たった一人でも思ってくれれば、その人にとってそれは一流のミュージシャンじゃないのかなって」


「そうだね。いや屹度そうだよ」


「だから、お父さんも年齢なんかに惑わせられないで一流の青春を謳歌する人になればいいのよ」


「……例えば、何をしたらいいのかなぁ?」


「そうね……例えば、お母さんと出会ったときのような、心がワクワクする事。浮気は駄目だよ。一流の人は一流の心も持っていなければだめだからね」


「じゃあ出来る気がする。いや出来るよ、屹度。千春は?」



「私!?」

 そう言えば、自分の事を考えることを忘れていたので、急な質問に戸惑った。

 しばらく考えて、こう答えた。


「私は、一流の魂を持ちたい」


 自分で言っておきながら、我ながら抽象的過ぎると思った。


「なれるよ千春なら」


 お父さんに、そう言われて何だか恥ずかしくて俯くと、ロンが私を見上げていた。


“なれるよ千春なら”


 ロンの目が、そう言っているように見えた。


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