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高い山に、碧い空⑮

 ライブが終わったあと、少し甲本君と話をした。


「よかったわよ」


「ありがとう。でも、まだまだだよ」


「そう? 結構っていうか、かなり好いと思ったけれど」


「それは鮎沢や立木が居てくれて、茂山さんにも協力してもらったからな……」


「不満なの?」


「不満なんてないよ」


「じゃあ、なんで?」


 甲本君は少し考えるようにして、どこかを見ていた。

 何を見ているのかと思って、その視線の先を見ると、甲本君の視線の先にはさっき演奏を終えたOut of Dateの人たちがお客さんと握手をしているところだった。


「ササやんはね……あぁ、あのモヒカンの人だけど、もともとは有名なバンドのバックでベースをしていたんだ」


「凄いね」


「ただ音楽をやりたいだけなら、それで充分だと思わない?」


「そうね……有名なバンドのバックだったら、それなりに達成感はあるでしょうし、認められているからそうなれたのだし」


「でも、それを辞めて自分の音楽がやりたくて、こうして届けている。しかも、もう10年近くも」


「当然、お仕事もされているんでしょうね」


「あたりまえだよ、ライブだけで食べて行けるなんて在り得ない」


 なんで、そんなに大変な事をするのだろう? と普通に疑問に思った。

 有名なバンドのバックを担当しているだけでも認められたことになるだろうし、若い男の子にとっては有名バンドと一緒に音楽活動をしているということ自体、ひとつのキャリアになりだいいち女の子にもモテそう。


「結局、俺たちの音楽は突き詰めていくと“自分たちのモノ”って所になるんだ」


「自分たちのモノ?」


「そう、自分たちで作った曲。自分たちの個性。そして自分たちを認めてくれる客。そして一番大切なことは、苦労して努力する事」


 努力は分かるけれど、苦労するというのが分からなかった。

 だって苦労せずに、それを認められれば、それに越したことはないのだから。


「こうしてね、いろんなバンドと一緒にやっていると分かるんだ。苦労することの大切さを。苦労せずに認められた奴らは、直ぐにいい気になる。そして音楽がブレていき、仲間とも不和になる。ほら、よく言うじゃん“有名子役は大成しない”って」


 あぁ、それは聞いたことがある。

 子役の時から人気のあった子たちは、いつの間にかテレビから消えていく。

 そして、ただいなくなるだけでなく、事件なんかを起こして‘元子役で活躍した〇〇さん“なんかで報道されたりしている。


「結局、苦労していないで人からチヤホヤされたりすると、直ぐにそれが当たり前の世界に思えて、自分を支えているモノが何かって言うことを見失うのだと思う。ほら、昔のコトワザかなんかであるじゃん“苦労は買ってでもしろ”って。会場を見てごらん」


 そう言われて、会場を見渡した。

 特に何の変哲もない、ただザワザワしただけの会場。

 お客さんも、少しずつ帰っている。


「久しぶりに鮎沢とゆっくり話したかったけれど、俺もまだ仕事が終わっていないから、この続きはまたいつか話すよ」


 そう言って甲本君は席を立った。


「今日は来てくれて本当にありがとう」


 そう言って差し出された手。

 私が、その手を握り返すと、甲本君はもう片方の手を添えて、確りと包んでくれた。

 甲本君が私から離れたあと、その姿を追っていた。

 人見知りで、殆ど知らない人と話しをしない甲本君が、見ず知らずの人に笑顔で挨拶をしていた。


「今日は、ありがとうございました」


 不意に声を掛けられて振り向くと、ニット帽を被った気さくなオジサンがいた。

 一瞬、誰だろうと思ったけれど直ぐに、その服装で気が付いた。


“あの、モヒカンの人”


「楽しんでもらえましたか?」


「あっ、は・はい。もちろんです」


 怖い人かと思っていたのに、そうでもなくて、人懐っこい顔を向けられて驚いた。


「今、甲本君と話していましたけど、ブルーSKYの友達ですか?」


“あれ?この人、私が甲本君と話をしている時、他の人たちとワイワイ話をしていたのに何故知っているのだろう?”と不思議に思った。


「彼、凄い音楽センスの持ち主ですね。こんなライブ回りさせるのは勿体ない」


「ありがとうございます」


 友達が褒められて素直に嬉しかった。


「でも、甲本君はさっき言っていました。“苦労は買ってでもしたい”って」


 急に笑い出したモヒカンの人に驚いた。


「いや、すみません。じゃあ夜道ですから気を付けて帰ってください」


 そう言って握手した。

 甲本君と同じ、丁寧な握手。

 そして、その顔は、なんだかとても嬉しそうだった。

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