高い山に、碧い空⑩
瑞希先輩が帰ったあと、頭がくらくらしてベッドに横になった。
ロンは私を心配して、ベッドサイドに首を置き、ずっと私が顔の上に載せている腕をペロペロと舐めてくれる。
「あなたと遠い親戚になることを決めたからです」
先輩の言葉が頭を駆け巡る。
「夏休みにね、伊藤君と一緒に箱根に行ったの。そのとき金時山に登って、富士山が綺麗だったわ。そこでね、伊藤君にプロポーズされちゃった」
なるほど、それで遠い親戚かぁ……。って伊藤君、またまた直球過ぎる!そしてそれを受け止める瑞希先輩も。
そう。
伊藤君は美樹さんの従弟。
美樹さんは、私の兄と結婚しているから、伊藤君は親戚筋にあたる。
遠い親戚になると言うことは、瑞希先輩は、その伊藤君のプロポーズを受けたって言うこと。
“えっ!?受けたって言うことは!”
「そう。私たち、お互いが大学を卒業したら結婚することに決めたの」
「え~~~~っ!!!」
いくら何でも、早すぎるし、遠すぎる。
早すぎるのは年齢ではなくて、結婚を決断すること。
年齢だったら今年6月に結婚した里沙ちゃんの方が早いけれど、瑞希先輩は4年生だから今年度で卒業だけど、伊藤君は私と同じ3年生だから卒業までにまだ1年半もある。
そして婚約から1年半なんて遠すぎない?
「そう言えば、今まで聞いたことなかったけれど、伊藤君とはいつから付き合っていたんですか?それに、どうして……」
瑞希先輩に聞いて驚いた。
二人が付き合い始めたきっかけは、私が高校1年生の時。吹奏楽部に入部したての私に鶴岡部長が“フルート奏者を探している”と言われて、休部していた瑞希先輩に戻ってくることをお願いして、交換条件として瑞希先輩は私に吹奏楽部を辞めるように言ってきたあの日。
あの時は里沙ちゃんを含めた三人で茂山さんのお店に行き、里沙ちゃんがお店の手伝いをしている時にその話をして、話し終わると瑞希先輩は急に帰ってしまい、そのあとで江角君と伊藤君が来るはずだった。
だけど、入って来たのは江角君だけ。
伊藤君は、お店を出るなり泣きながら走り出した瑞希先輩を見て追いかけて行った。
「あの時ね、伊藤君が追いかけてきて事情を聞かれたの。私が素直に話して取り返しのつかない事をしてしまったと後悔して泣いていたら、伊藤君はずっと傍にいてくれて一言だけ言ってくれたの」
「ひとことだけ?」
「そう。“鮎沢は決して人を恨まない”と。私が伊藤君に“なんで付き合っても居ないアンタに鮎沢さんのことが分かるの!”とキツク言ってしまうと伊藤君はまた一言だけ言ったの……」
「なに?」
「“そんなのロンを見れば分かるだろ、ロンは鮎沢を見て育っているんだから“って。悲しい気持ちはその言葉で直ぐに飛んで行った。そう、鮎沢さんなら私の本当の気持ちに気付いてくれるはず。鮎沢さんを信じようって」
んーっ……どう答えていいものやら微妙だったけれど、なんだか悪い気はしなかった。
それから二人は付き合うようになった。
しっかし、伊藤君たら中学の卒業式の後で私に告白して無理やり制服の第二ボタンを私に渡しておきながら……。
でも、そんな伊藤君と、思慮深い瑞樹先輩って結構お似合いなんだろうなって思った。
そして、私がくらくらして疲れているのは、何度も江角君から優しい言葉を掛けてもらいながら、何にも前に進むことのできない自分の幼さだった。
いつの間にか、入っていいとも言っていないのに、ロンが布団の中に潜り込んで私の顔を見ていた。
参考:瑞希先輩が部活に戻る代わりに千春に辞めるように言って店を出るくだり
『Uターン⑥⑦⑧』https://ncode.syosetu.com/n9464ec/159/





