高い山に、碧い空⑥
駅でみんなと別れてしばらく歩いていると、後ろから足音が近づいてくる。
私の家の有る方向は閑静なと言えば聞こえはいいけれど、田舎の住宅街みたいでお店なんか全然ないから日の暮れた時間は人通りもない。
だから、その足音が聞こえるだけで結構緊張してしまう。
革靴のカツカツという乾いた音がアスファルトを叩きながら駆けてくる。
誰か居てくれれば大丈夫だけど、あいにく道路には私の他には誰も居ない。
せめてロンが居てくれれば。
「千春!」
振り向くと、いきなり足立先輩に抱き着かれた。
「あー怖かったぁ!」
私が言いたい台詞を足立先輩が言った。
「たまにあるんだよね、こういう異世界に迷い込んだように周りに誰も歩いていなくて、ボッチになる時って」
「声くらい掛けて下さい。私も怖かったですよ。後ろからカツカツと革靴の音が近づいて来るんですもの」
「革靴? あっ、ハイヒールね。これが履きなれていないから足が疲れるんだわ。足のラインが長くて綺麗に見えるのは好いんだけれど、ホラッふくらはぎなんてパンパンよぉ」
そう言って細くて綺麗な足をパンパンと叩いて見せた。
「声も御免ねぇ、もっと田舎や街だったら気楽に声も掛けられるんだけど、なんかこう静かな住宅地だと声も出しにくくって」
確かに、足立先輩の言う通りだと思った。
駅の東側は大きなスーパーなんかがあって商店も多くて賑やかだけど、私たちの住む西側は駅前でも1軒のお店もなくて延々と住宅街が続く。
夜遅いときとか早朝とかは、本当に異世界とは言わないまでも、時間が止まってしまったのかなって思うこともある。
「同じ電車だったんですか?」
「うんにゃ。スーパーで買い物していた。ホラ」
そう言って見せてくれたのは、綺麗なサンダルの入ったエコバッグ。
「この足の裏に付いたプチプチが、足の疲れを取ってくれるんですって」
「就職したら、そんなに足が疲れるものなのですか?」
「そりゃあ疲れるわよ。立ったり歩いたりする時間も多いし、取引先の人と会う都合上スニーカーやカジュアルシューズを履くわけにもいかないでしょ。たまに座ればパソコン入力に追いまくられるし。お金には不自由しないけれど、就職して一番思うのは“学生時代は良かったなぁ~”ってことよ」
お父さんや兄を見ていて出張で遠くに行って名物を食べてきた話や、お土産を買ってきてくれたりするから、てっきり部活の延長みたいなものだとばかり思っていたけれど違うみたい。
話をしているうちに、いつの間にか私の家まで着いた。
「じゃあね」
「あっ、ちょっと待って」
私は慌てて玄関に入ると、そこにはもうロンがお出迎えに来てくれていた。
「お母さん、ロンの晩御飯は?」
「まだよ」
「じゃあ、ちょっと散歩に行ってくるね!」
そう言って、ロンの首輪にリードを掛けた。
ロンの晩御飯の事を聞いたのは、犬たちは胃や腸に食べ物が入っていると胃捻転や腸捻転になりやすいから。
特に10歳を過ぎると、充分注意が必要。
「お待たせー」
「あら、ロン久し振りぃ」
足立先輩がそう言って身を屈めると、いつも以上にロンは大喜び。
屹度スーツ姿の足立先輩に、大人の魅力を感じてエロエロ……じゃなくメロメロなのだろう。目がキラキラしている。
私が飛びつかないようにロンをみているのに、足立先輩はロンを挑発して飛びつかせようとする。
「先輩、スーツ汚れますよ」
「いいの、いいの。スーツは汚れればクリーニングしたら元に戻るし、最悪破れたとしても替えはきくわ。でも愛情はその場が一番大切、盛り上がっている時に知らんぷりなんかしていたら折角の愛情も冷めてしまうわ」
そう言ってロンの前足を膝にのせて、頭をくしゃくしゃに撫でていた。
大喜びして甘えるロンの姿を見ていて、確かに足立先輩の言う通りだと思った。
足立凛香。
地上に舞い降りた“愛の天使”





