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高い山に、碧い空④

 次の日、オーケストラ部の練習中、住之江部長が来て言った。


「おーっ、鮎沢さん。今日は好いねぇー」と。


 何のことかわからなくて、ポケっとしていると、音の張りが違うと言われた。


「そうですかぁ」


 いつもと何も変わらなく、普段通り練習しているつもりでいたから少し不思議に思っていると。

 良い時の私の音で、音に艶と張りがあって、優しさが滲み出ていると言って貰えた。


「なにか、良い事でもあったのかな?」


 私は「はい」と素直に答えた。


「音楽と言うものは、自然に演奏するものの気持ちが出るから、クヨクヨしないで高い山に登って碧い空を見上げる気持ちを保っていてね」


 と、ポンと肩を叩かれた。

 さすがに指揮者を目指しているだけあって、耳が好い。

 昨日までの私は江角君とのことが心配で、どこかおどおどしていた。

 隠しているというよりは、その気持ちを仕舞い込んでいるつもりで練習していたのに、バレバレなのが可笑しい。

 そう。

 可笑しいのだ。

 気持ちが音に伝わっているのが他人に分かっていて、恥ずかしいのではなくて、可笑しいのだ。

 気持ちの余裕が、そう感じさせたのだと思う。


 それは屹度、江角君に沢山のダイヤモンドをもらったから。

 あの湖に浮かぶ、手には取れないけれど無数にまかれたダイヤモンド。

 私たちが練習を始めて、少し遅れて江角君と滝沢さんたち医学の人たちがやって来た。

 江角君がヴァイオリンのケースを開けるとき、私のほうに顔を向けたので私も顔を上げて目で微笑むと、江角君も目で微笑み返してくれた。

 練習を始めた江角君の音を、心を集中させて聞いてみた。

 はたして、江角君の音色も艶っぽく張りがあるのだろうかと。

 聞こえた音色は、いつもの江角君と変わらず、クールで優しさのある音色。


“いつも通りの音色”


 別にガッカリはしない。

 いつも通りの江角君が、そこに居てくれたから。

 江角君は、どんなことが有っても江角君のままで、何もブレない。

 そこが頼もしくって、一番好きなところ。

 しばらくたつと、住之江部長が何か匂いを嗅ぐように部室中をソワソワと動き回る。


“誰かが、オナラでもしたのかな?”


 と、不思議に思いながら、その姿を目で追っていた。

 住之江部長が江角君の前で止まる。


“えーっ!まさか江角君がぁ!?”


「やっぱり、江角君だったんですね」


 住之江部長が、そう言った。


“キャーッ!誰だって出てしまうときには出るわよ。お願いだから、私の江角君に恥をかかせないで!”

 しかし、それは私の早とちり。

 断じて、おならではなかった。


「やあ、江角君もですか。今日は不思議だなぁ、いつもより飛びぬけて好い音を出す人が二人もいた……あれ?一人目は誰だったかな??」


 聞こえる音には超敏感なくせに、それが誰だったのか忘れている。

 いや、音は気にしているけれど、その音を出す人にはあまり関心がないのかも知れない。

 それか、忘れた振りをしているのか。

 でも、嬉しかった。

 私にはいつものままの江角君だと思っていたのが、私と同じ気持ちでいてくれたこと。

 住之江部長の、ロン並みの聴力に感謝。


 しかし江角君はいつも少しズルい。

 私には分からないように平静を装っているから。

 伊藤君みたいに、気持ちをダイレクトに伝えられても疲れるけれど、少しは私にもサインを出して欲しいな。

 そう思っていたら、その伊藤君がやって来て「鮎沢、江角となんか良い事あったのか?」と聞いてきた。


「昨日、足立先輩たちとハンター邸でコンサートしたよ」


「なるほど、そこでしぼみかけていた恋の熱がまた燃え出したってわけか」


“って、ダイレクトすぎるだろう!”


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