高い山に、碧い空②
「おまたせ」
白衣を脱いだ江角君が階段を下りてくる。
なんだか、さっきまでの江角君とは違う江角君が現れたみたいで、不思議な気がしてそれをずっと見ていた。
「どうしたの?」
「ううん、なんにも」
声を掛けられてドキッとした。
ビックリしたわけでもなく、キュンとなったわけでもない。
ただ心臓が……いや、心が何かを私に伝えようとしてドキンと波打った。
「夏花先生、それではお先に帰ります」
江角君が声を掛けると、夏花さんが受付の所まで出て来てくれて「じゃあね。千春ちゃんまた来てね。紘太朗も待っているから」と、そう言って悪戯っぽく江角君を見てウィンクする。
「もう、夏花さん――」
江角君の、はかない抵抗。
「はい。また来ます」
そんな江角君への、私からの応援メッセージ。
夏花さんがクスリと笑って「紘太朗の事、宜しくね」と反撃した。
それだけ、江角君の事を大切に思ってくれているのだろう。
夏花さんにペコリとお辞儀をして、病院を出て母屋の駐車場へ向かう。
二台分のスペースの一角に江角君の白い車。
その隣にあるのは、夏花さんの黄色い車。
交通事故がなかったら、この黄色い車の隣には旦那さんの車が寄り添っていたのだろうと思うと、なんだか少しだけ切ない。
ドアを開けてもらい、助手席に乗る。
エンジンを掛ける前に「折角だから、少しドライブでもする?」と聞かれ「うん」と答える。
「どこがいいかなぁ」
江角君が、迷っている風に言ったので、私は「相模湖に行ってみたい」と直ぐにリクエストを出した。
相模湖なら風景もいいし、なによりここから直ぐ行けるから、江角君とゆっくり時間を過ごすことが出来る。
「相模湖かぁ、いいね。そうしよう」
江角君がエンジンをまわし、スーッと車が出る。
通りに出ると、部活の帰りなのだろう、何人もの学生が楽しそうに駅に向かって歩いていた。 そう少し前の、私たちのように。





