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令和⑨

 曲が終わると、拍手が聞こえた。

 いつの間にか、みんなが私たちを囲んでいた。


「久し振りに聞かせてもらったけれど、やっぱ千春と紘太朗のデュオは最高だわ」


 足立先輩が目に浮かんだ涙を手でぬぐいながら、そう言ってくれた。

 先に入って、なんとなく抜け駆けしたみたいで気恥ずかしい。

 でも、先に入って本当に良かったと思った。

 コンサートの開始時間の30分前から、患者さんや近所の方々が入って来て直ぐにロビーに置いていた椅子は満席になり、江角君と夏花さん、そしてナース人たちが慌てて余っている椅子をかき集めて、無事全員とまでは行かないけれど、沢山の人に座ってもらうことが出来た。


 演奏する曲目は小さいお子さんや、お年寄りが多く来ると予め聞いていたので、ディズニーやジブリの曲を中心に木管編成で進めた。

 後半になって江角君が加わると、すごい拍手と歓声が沸き起こった。

 まだ無資格だから出来ることは限られているというのに、夏花さんの病院を手伝うようになって1年で、もうすっかり患者さんたちの信頼を得ているのに驚き、そして嬉しく思った。

 だって、それは時間を無駄に過ごしていなかったと言うことでしょ。


 私が会いたいと思う気持ちを我慢している時間が無駄に使われていたのなら悔しくも思うけれど、こうして江角君と会うことを楽しみにしてくれている人たちと過ごしているのなら、私の我慢も屹度この人たちの役に立ったのだろうって思えてくる。


 エンディング前に「風笛」を演奏した。

 足立先輩のピアノ伴奏に乗せて、いつものように。

 しかし、それは実際には“いつものよう”ではなかった。

 そう、いつもは江角君のヴァイオリンと私のオーボエが、メロディーの中で絡み合い、そして溶け合う。


 ところが今日はもっと凄い。

 演奏していてゾクゾクするほど感情が盛り上がってくる。

 まるで、優しく包み込まれながら、ゆっくりと押し出されるような不思議な感覚。

 いつも伴奏として聞いていたピアノの音までもが、私たちの絡んだり離れたりする隙間を埋めるように、そして絡んだ螺旋を強く結びつけるように包み込んでくる。

 今までもピアノの伴奏に合わせて、この曲を演奏したことは幾度もあったけれど。その感覚は、今まで正直体験したことがなかったもの。

 持田先生や夏花さんが伴奏してくれている時も、感じた覚えがない。


 それはまるで……そう、いつも私を見守ってくれている、お母さんの優しい子守歌のように気持ちが良かった。


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