潮騒⑯
なんとなく、ロンは私に“お酒は控えなさい”と言っている気がする。
私だって、飲みたくて飲んでいるんじゃないわよ。
君たちと違って、私たちは色々と気苦労が有るんだから、それを少しでも忘れるためにお酒が発明されたんだから!
それでロンに、ハーっとお酒臭い息を吹きかけてやると、クシュンとくしゃみを返して、私にお尻を向けてリビングに消えて行った。
「えっ、ちょっとぉ~」
こんなに素っ気なくされたのは初めて。
そのまま玄関で仰向けになっていたら、きっと戻ってくると思って目を瞑っていた。
しばらく待つと、案の定、ロンが近づいてくる気配がする。
「ロン」
目を開けてクルっと体を回転させて、ロンを掴もうと手を伸ばすと、そこにあったのはお母さんの足。
「えっ!?」
「えっ、じゃないでしょ、いつまでも玄関で寝ていないでチャンと中に入りなさい」
お母さんに叱られて洗面所に入って手と顔を洗い歯を磨いて、うがいをしてリビングに入ると、ロンはお父さんの横で背中を見せて寝ていた。
「ゴメンね、ロン」
そう言いかけたとき、お父さんが振り向いて口の前で人差し指を立てた。
“静かに”って言う合図。
何だろうと思って、そーっと近づいてみると、ロンは目を瞑ってすーすーと寝息を立てていた。
いつも可愛い顔をしているロンも、家に来て10年。
その前は鶴岡部長のところに1年居たから満年齢で11歳になる。
ロンくらいの大きさの犬になると、満11歳だと人間に換算すると70歳を超えたくらいの歳になり、もう立派な老人の年齢になるので何が始まってもおかしくはない。
よく耳にするのは、癌・心臓病・腎不全に糖尿病。
なかでも癌は1割くらい発症しているともいわれ、人間同様恐ろしい病気になっている。
ほかにも股関節形成不全などに代表される関節拘縮による病気や怪我、それに胃捻転のような死の危険に直接結び付く症状も出てくるので注意が必要となる。
お父さんの隣に座って、ロンを撫でる。
「最近、よく寝るようになったな」と、お父さんが言った。
ついこの前までは、撫でられると直ぐに目を開けて甘えて来たのに、今日のロンはずっと目を閉じて眠っていた。
“まだまだ、元気で長生きしてね♡”
翌日から、なるべく重要度の低い“お誘い”は断って直ぐに家に帰ることにした。
いつまでも長生きしてもらいたい気持ちに変わりはない。
ロンに残されている時間が残り僅かっていうわけでもないけれど、長くてもあと5~6年だと思うと、少しの時間も無駄にはしたくなかった。





