潮騒⑫
オーケストラ部の夏の合宿、そして横浜でのコンサートも無事に終わり、秋が来た。
秋の高校吹奏楽部全国大会東関東大会で、堀江部長率いる我が母校は今年も金賞を取ることが出来たけれど、惜しくも代表校には選ばれなかった。
加奈子も。さくらも泣いていた。
在校生の涙は、精一杯成し遂げて届かなかった涙。
しかし私たちOBの流した涙は、別。
去年までとは違い、確りとした支援が出来なかった悔し涙。
私たちはオーケストラ部のコンサートのために、ほとんど練習に顔を出すことだ出来なかったし、足立先輩や山下先輩は就活。
甲本君も自分のバンドを結成して音楽活動に忙しくて。瑞希先輩たちに任せきりだった。
四年連続で全国大会に出場した実績に気が緩んでいたのもある。
堀江君ならチャンとやれる。
そういう、身勝手な安心感もあった。
鶴岡部長が、一人で引っ張って全国大会初出場を決めてから四年。
行けるのが当然だと思うようになっていたのだろう。
鶴岡部長は自分の演奏を捨ててまで、道を切り開いてくれた。
瑞希先輩が部長の時は、体力の限界まで猛練習をして、私はついて行けずに倒れた。
私が部長の時から足立先輩たちOBや甲本君が、練習を手伝ってくれるようになって三年連続で全国大会に出場出来て、初の金賞を取ることもできた。
その流れは、去年今川さんが部長を務めたときも続いていた。
なのに、今年は全力を尽くしたとは到底言えない。
オフの時は、江角君と映画も見に行ったし、里沙ちゃんのところに遊びにも行った。
“気の緩み”
“怠慢”
自分が人にしてもらったことを、堀江君たちの世代にしてあげられなくて、自分に悔しくて通路で隠れて泣いていた。
「自分を責めるのは駄目よ。これは堀江君たち――いいえ、私たち学校に居る者たちの責任なのだから」
その言葉に振り替えると、中村先生が私の頭を優しく撫でてくれた。
「でも、私はベストを尽くせなかった……」
「ふふふ。何故ベストを尽くさないのか?だね。まるで昔見た人気ドラマみたいな台詞ね」
中牟田先生が言ったのは、再放送で見た人気ドラマ『トリッ〇』に出てくる台詞。
「でも、卒業した君たちがベストを尽くす場所は、ここじゃない。それは自分の勉強であったり、仕事や音楽活動・就活・恋に遊び、エトセトラ♪」
「鮎沢が、そんな気持ちになっちゃダメ。その気持ちは痛いほど良く分かるよ。だって、それは私の気持ちだもの」
驚いて目を上げると、中村先生の瞳には涙が溜まっていた。
「絶対に君たちには内緒にしておくようにって言われたから黙っていたけれど、門倉先生ね夏に2週間入院したの。胃潰瘍で。そして、それは私に課せられた課題だと思って頑張って来たけど、やっぱり私じゃダメだった」
そこまで言うと、中村先生の目から涙が堰を切ったようにポロポロと流れ落ちる。
心なしか体も安定感を失っているように見えたので、私は慌ててその体を支えた。
小刻みに震える体で何度も何度も“ごめんなさい” と謝る中村先生。
柔らかな体を支えながら、もう止めようと思った。
そして、そのことを先生に伝えた。





