潮騒⑧
だけど、私はそんな世界に入る自信なんてない。
悩むというより、正直こんな話が出て来てしまって困っていた。
「受けてみたらいいんじゃない?折角のチャンスなんだから」
瑞希先輩がそう言った。
「えっ!?」
「求めようとしても頑なに扉を閉ざしている大きなチャンス、今それが自ら出迎えるように目の前で扉を開けているのよ。飛び込まないにしても、覗いてみる価値は十分あると思うな」
「じゃあ、瑞希先輩だったら」
「もちろん、飛び込んでみるわ」
「ナニナニ、千春。さっきプロデューサーの人と話していたけど、ひょっとしてスカウト?」
今度は、足立先輩が飛ぶようにして、やって来た。
「ひょっとして、あの曲でバックコーラスの二人のうち、髪の長いほうの女の子の住所と電話番号でも聞かれちゃった?」
「……」
いつものようにテンション高めに、陽気に言ってくれるので、悩んでいた気分が少し晴れる。
それにしても、バックコーラスのうちの一人だけに目を付けるなんて、すごくレアな発想。
“そうだ、足立先輩ならどうするか聞いてみよう!”
「もし、そうだったら、どうします?」
足立先輩は自ら“ドキッ!”っと言って、一瞬身を反らして考えた。
「そうねぇ~。まずは全国ツアーだな。暑い夏は東北から北海道、そして寒い冬の時期は九州・沖縄。ツアーの合間にバラエティー番組とか出てみたいな。そしてお笑いコンビのナ〇ツや中〇家の生漫才観たいし。映画は主役以外断るの、だって台詞覚えるの大変なのに脇役じゃね……そしてブロードウェイでクリスマスコンサートして、冬休みはやっぱりハワイかな」
“んっ。その世界に入るか入らないかということを聞いたつもりだったのに、なにこの壮大な夢の展開は”
瑞希先輩も同じように思ったらしく、あっけに取られた顔で足立先輩の顔を見ていたが、ハッと気が付いたように「そうじゃなくて」と話が脱線していることを伝えようと声を出した。
「あっゴメン。私ったらつい」
やっとこれで相談が出来ると思ったけれど……。
「やっぱ北海道ツアーは夏じゃなくて、梅雨にしたほうがいいよねっ。みんな雨嫌いだし」
「足立先輩、問題はその前」
瑞希先輩が言ってくれた。
「ツアー前?」
「いや、ツアーとかより全然前の話。要するにこの世界に飛び込むかどうかって言う所」
「ってことは、“売 れ る 前”の話?」
「「そうそう」」
私と瑞希先輩が声をそろえて言った。
「売れる前ねぇ……」
「……」
「嫌よ、私は」
「!?」
「売れるか売れないかも分からないのに、そんな世界になんて入れないわ。だってついこの前人気ミュージシャンのTさんが麻薬使って捕まったばかりでしょ、その前は俳優さんが婦女暴行とか。風紀が乱れているし、それよりも何より、ラッキーといる時間をこれ以上少なくは出来ないわ。だから却下」
「えっ?じゃあ、全国ツアーやブロードウェイは?」
「瑞希~。分かっていないわね。そんなもの苦労もせずにいきなり有名になれたらって話に決まっているでしょ。全国ツアーも海外でもなんでも、ラッキーを連れてプライベートジェットで飛んで行くのよ。リハーサルなんかは影武者にやらせておいて、私は本番に前会えばいいの。たった3~4時間歌って帰るだけなら、やってみたいって話」
なんとも虫のいい話なのかもしれない。
だけども、その世界に居ない私たちにとってみれば、どんなに難しく考えてみても、実際の苦労は、分かりはしない。
足立先輩らしい、チョッと飛んだ意見だけれど、聞いてよかったと思った。





