潮騒⑥
「実は、千春ちゃんに謝らなければいけないことがある」
オーナーさんは、いきなり意味深なことを言ってきて、私を驚かせた。
「あっその前に、僕のことって九十九里浜の海の家のオーナーさん、っていうことくらいしか知らないよね」
そう言ってスーっとテーブルの上を、手元まで名刺が滑って来た。
名前は『大田原慎吾』
名刺の肩書には『株式会社ミルキーウェイミュージック相談役』と書かれていた。
もともとはテレビ局の音楽番組のプロデューサーだったことは聞いていたけれど、まさか音楽事務所の相談役を現役で務めているとは知らなかった。
「じゃあAKIRAさんを呼んだのは……」
「そう、僕の事務所だからね。今日は特別にスケジュールを開けて連れてきた」
「あっ、ありがとうございます!里沙、いえ、茂山夫妻も喜びます。ありがとうございます」
私は、慌てて頭を下げた。
ミルキーウェイミュージックと言えば、流行に流されず様々な曲のジャンルで実力のある人たちを大切に育てるので評判の高い音楽会社。
あまり日本ではメディアに露出することの少ない、ジャズという分野でAKIRAさんを、日本を代表する女性ジャズシンガーにまで育て上げたのも、この会社ならではと言える。
そして、この会社は殆ど新人を取らない事でも有名。
つまり沢山の中から、良く伸びた芽を育てるのではなく、良い樹になりそうな芽を見つけて大切に育てて行くのだ。
この事は、あまり音楽業界を知らない私でも、このくらいのことは知っているほど有名な話し。
甲本君ったら、屹度私なんかより音楽業界に詳しいくせに、去年誘われた時にどうして断ったのだろう?
「っで、話を冒頭に戻すけれどね」
「あっ、はい」
「実は、あの動画を配信したのは僕なんだ」
“あの動画”というのは屹度、里沙ちゃんの結婚式で私たちが歌った動画のことだろう。
でも何故?
「もちろん最初は世の中に出すつもりじゃなかったんだ。明君(茂山さんの名前)に見てもらったら直ぐに消すつもりだった。でも、消すのが惜しくなっちゃってね」
大田原さんが、そこでチラッと後ろを振り向いてリハーサル中のAKIRAさんを見ると、彼女は出番を待っていたように私たちの座っているテーブルに歩いてきた。





