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潮騒③

 家に帰って、いつものようにロンと遊んでいた。

 お父さんが帰ってきて「千春、歌上手いな」って言われて、何のことかわからなくてポケっとしていた。


「動画投稿サイトに載っているこれって、千春が里沙ちゃんの結婚式で歌った曲だろ?」


 そういって携帯を見せてくれた。


「えーなになに♪」


 と、お母さんも来て、一緒に覗く。

 学校で京子ちゃんが見せてくれたのと同じ動画。


「なんで、お父さんがこれを?」


「うん。会社の若い連中が見ていて凄いって言っていた。幸い、画像が小さいから僕の娘だって事には気が付いていなかったけれど……」


 お父さんの言った最後の“けれど……”が気になった。

 屹度、京子ちゃんと一緒で、私のことを心配してくれているのだ。


“お父さん優しいね”


 そう心の中で呟いて膝の上に載っているロンを撫でていた。

 ロンは、かかっている私の歌など気に掛ける素振りも見せず、ただひたすら私の手をペロペロと舐めて甘えている。


「あら、千春たちまるでミュージシャンみたいじゃない♪」


 いつの間にかお母さんが居間のテレビに動画を映し出していた。

 素人の撮影だから手振れもあるし、あまり鮮明でなく、顔のアップもない。

 投稿自体も、普通に良い曲だと感じたから配信した程度に見えて、わざわざアップにしたりアングルを変えて映したりというものがなく、普通のホームビデオで悪意はひとつも感じられない。

 でも、こうやって大画面で見ると私だということが分かる。

 お母さんは「千春ってやっぱり私に似て美人だわ~」なんて、のんきなことを言っているけれど、自分の映っている映像が誰でも見える状況を、どう考えているのだろう?

 歌手やモデルなど芸能人に憧れている人なら、こういうものを見て大いに喜ぶのだろうと思うし、どちらかというと自分が目立つようにもっとアップで映るようにするのだと思う。

 だけど、私は嫌。

 そんなに自分に自信はないし、華やかな舞台に立ちたいとも思わない。

 なんて、深く考えることもないか。

 どうせ一過性のもの。

 夜、いつものようにロンを連れて散歩に行って公園のベンチに腰掛けて空を見ていた。

 飛行機が空を流れて行く。


「あの飛行機には、まだ里沙たちは載っていないよ」


“えっ!?”


 顔の向きを変えると、そこには足立先輩が立っていた。

 気が付かなかった。

 でも、ロンも気が付かなかったの?

 いつもは真っ先に気が付いて私に教えてくれるのに。


「心配しなくても、ロンは気が付いていたわよ」


「あら、どうして教えてくれなかったの?」


 ロンに聞いてみても、ただ“僕、偉いでしょう”なんて言っていそうな顔をして“エヘン”と言っている。


「だって、ロンには私が魔法をかけたもの。こうやって」


 足立先輩は、人差し指を口元に持って行った。

 そう“静かにしなさい”の合図。

 ただ単に”静かにする”だけではなく、動かないとか、気が付かないようにとか、犬たちは合図を送る人の心を読んで、正確に指示を把握する。

 いつのまにか、こんな小さな合図も見落とさずに従うほど、信頼関係が出来ているんだなと思った。


「で、どうしたんですか?」


 いつの間にか、私の膝の上に顔を乗せているラッキーを撫でながら聞いた。


「動画のこと、もう知っている?」


「うん。今日、京子ちゃんから教えてもらって。それに、お父さんも会社で知ったって言っていた」


「凄いアクセス数ね。千春、芸能界デビュー!?」


「嫌です。もう」


「そうよね。千春がその気になっていたら、原宿とか目立つ場所行って、とっくにスカウトされているか」


「そんなこと、ありません」


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