春は、あけぼの⑩
「あぁ、好い草の香りがします。それに音楽も」
まだ河原に着く前だと言うのに、住之江部長が気持ちよさそうに言い出した。
「誰が来て何をしているか当ててみましょう」
「はあ」
音楽が聞こえると言っても、まだ微かに聞こえてくるだけで、それも何だかみんな別々に練習しているような感じでメンバーを知っている私でも誰が何をしているのか分からない。
「伊藤君がトランペットでニニロッソの『夕焼けのトランペット』を吹いています。高音が綺麗です。そして森口さんはディズニーの『虹の彼方に』をサックスの人と演奏していますね」
屹度里沙ちゃんと一緒だ。
でも、どうして分かるのだろう?
私の耳では、時折トランペットっぽい音とか、サックスっぽい音とかが断続的に分かるだけで、曲とかまでは聞き取れない。
なのに、誰が誰と演奏しているとかまで、何で分かるのだろう?
「小林君、今日はファゴットではなくて電子楽器ですね。滝沢さんも来てヴァイオリンを演奏しています。他にも、フルート、ホルン、もう一つトランペットに電子ドラム……」
来ているメンバーの楽器を全て言い当てる部長が、そこで言葉を止めた。
「なんですか、この二本のトロンボーンは……競い合うように『聖者の行進』を演奏しているけれど……行きましょう!」
二本のトロンボーンと言うのは、京子ちゃんと江角君。
二人が演奏そうすると、何故だか京子ちゃんはムキになるので、競い合うようになるのも分かるけれど、今の住之江部長の反応は一体何なのだろう。
早歩きで、河原の演習場を目指すその後を、不思議な気持ちで追いかけて行った。
皆の所に着くと、部長は急に立ち止まってしまう。
その視線の先に居るのは、江角君。
正直、やっぱりマズかったかなと思った。
でもこれから先、オーケストラ部で円滑にやって行くためには、私たちの人間関係をはっきりと理解してもらう必要があり、特に私と江角君の関係は外せない。
だから、この場を作った。
しばらく演奏を聞いていた部長だけど、演奏が終わると直ぐにツカツカと江角君の所に歩み寄って行く。
“これって、マズいの?”
一緒に江角君の所に行こうとする私の進路を、ロンが塞ぐ。
“なに?”
ロンは私の、心の問いには答えずに、私を見上げているだけ。
そして、部長は江角君の目の前に立った。





