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春は、あけぼの⑨

 オーボエのケースを担いで、散歩に出た。

 いつもの、河原へのルート。

 途中、足立先輩の家に寄る。


「ここは?」


「ここは、ふたつ上の先輩の家です。高校一年の時に同じ木管担当の5人対5人で戦争をしました」


「ああ。戦友って訳だね」


「いいえ、敵でした」


 住之江部長がビックリした顔を見せたので「でも、今では仰る通り、懐かしい戦友ですね♪」と付け加えた。

 私たちが家の前までくると、ラッキーと庭で遊んでた足立先輩が直ぐ気が付いて、駆けて来た。


「こんにちはぁ!」


「ど、どうも、こ・こんにちは」


「千春がいつもお世話になっております」


 緊張している住之江部長に、足立先輩がまるで父兄のように挨拶するものだから、部長が余計に緊張してしまうのが分かった。

 いつもの足立先輩なら「ちわっす!」とか、もっとフレンドリーな声を掛けるはずなのに不思議。


「すぐ用意してきます」


「あっ……は、はい」


「足立先輩は、私と同じオーボエなんです。小学・中学時代は何度もコンクールに出場して優秀な成績を収めた、尊敬する先輩です」


「そ、そんな人に勝ったんですね」


「別に、勝ったなんてひとつも思っていませんし、いま同じように演奏したらどうなるかも分かりません。私が出会った時の足立先輩は愛犬を亡くして、精神的にどん底でしたから」


「誰がズンドコ節だって!?」


 用意のできた足立先輩が、話しの最後を聞き間違えて突っかかる。


「ズンドコ節じゃなくて、どん底です」


 そう言って、歩きながら住之江部長に話した内容を説明した。


「まあ確かに、あの頃の私は今思うと恥ずかしいくらい“どん底”で周りにいっぱい迷惑を掛けたよなぁ。近づいて来る人に針を刺すような嫌な女」


「バ、バラみたいですね」


 住之江部長が言った相槌に足立先輩の足が止まり、カラカラと笑い出す。


「まあ、先生お上手だ事!」


“せんせい?”


 その言葉に、今度は私たちが足を止めた。


「先生って?」


「あら、大学の先生でしょ?違うの?助手の先生?」


「もう!部長さんを紹介するって言ったじゃない」


「でも、来れなかったんでしょ。まさか、この老けた人が――」


「す、すみません。部長の住之江です」


 固まってしまった足立先輩に、住之江部長は申し訳なさそうに何度も頭を下げるものだから、先輩の方も慌てて何度も頭を下げて謝っていて可笑しかった。

 立ち止まったからなのか、ロンもラッキーも二人を囃し立てるように飛んだり跳ねたりして喜んでいた。

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