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春は、あけぼの⑤

“房人!のぼせてはいけない。鮎沢さんの家に呼ばれたからって、家に着くと滝クリや森口、それに江角だって待ち構えているかも知れない”


“そして今は、おとなしそうなこの犬だって鮎沢さんの命令次第で僕を襲ってくるかも”


“犬は強い。体重30キロにも満たないシェパードにだって、倍近い体重のある大人が素手で勝つことは超難しい”


“百獣の王ライオンと呼ばれるが、ネコ科最大かつ最高の知能を持ち唯一群れで生活するあのライオンの最大のライバルはヒョウでもなければチーターでもない、彼らはライオンに太刀打ちできないので直ぐ逃げてしまうのでライバルにもなれやしない。ライオンに怖気づくことなく、且つ互角に戦える唯一のライバルは、イヌ科のハイエナに他ならない”


“しかも、この場合の体重差は200キロ超の雄ライオンに対してハイエナの体重は僅か50キロ程度。ただしこれは群れ同士での戦いではあるが……”


「大丈夫ですよ。家には母しか居ませんから」


“おわっ!しまった。また、声に漏れてしまったのか?”


「す、すみません。こ、声に出ていましたか?」


「!?」


 振り向いた鮎沢さんは“何のこと?”って顔をしていたから、きっと大丈夫だったんだ。


“すると鮎沢さんはエスパーか?”


 そう思っていると、じっと僕を見ている視線に気づく。

 視線を感じた先を追ってみると、そこには鮎沢さんの連れているさっきの犬が、僕を見て笑っていた。


“もしや、おまえがエスパーなのか??”




「ただいまー♪」


 玄関先に置いてあるのは少し湯気が立っているので、お湯だろう。

 それにタオル。

 鮎沢さんが、その明るいルックスの割に古風な印象を醸し出していたのは、これだと思った。

 なるほど、そういう事か。

 僕はスニーカーの紐を解き、靴下を脱いで足を洗い始めた。

 時代劇で見た、旅人を迎える旅籠と同じように足を洗う。


「あの、住之江部長……」


「あぁ~っ。だ、大丈夫です。丁度いい湯加減で、長旅とはいかないけれど、電車で立ちっぱなしだった疲れが、すぅ~っと溶けるように取れて行きます」


「はい。それは良かったです♪」


 鮎沢さんは、そう言うと奥に居るお母さんに、お湯のお替りを頼んだ。


「い、いやぁ。ぼ、僕はこれで充分です。おかわりだなんて、もったいない」


 鮎沢さんの犬がジッと僕のことを見ている。


“ふん。羨ましいだろう犬っころ。やっぱり所詮は人と犬。人間同士には勝てないのだよ”


 と僕は勝ち誇るように犬に笑みを見せる。

 お湯のお替りが来た。


「もう一杯、要りますか?」


「いやいや。も、もう結構です。いいお湯でした」


 僕が置いてあったタオルを取ろうとしたら、鮎沢さんが手に持っていた違うタオルを手渡してくれた。

 それは、そこに置いてあるタオルよりも、はるかに上等なタオル。

 屹度、僕の作法が好印象だったので、客としてのグレードが上がったのに違いない。


「ありがとう」


「いえ」


 ニコッと微笑んでくれる彼女の顔が可愛い。


“江角がいたって、いいじゃないか。何故僕はこんなに可愛い鮎沢さんを遠ざけようとしていたのだろう?”


「住之江部長が、あんまり気持ちよさそうにしてくれているのっで、ロンも真似したいんですって。少し時間が掛かるけれど、いいですか?」


「あ、ああ構いません」


 僕は靴下を履きながら、犬を見た。


“足だけでなく体も拭いてもらい、気持ちよさそうにしているじゃないか。所詮イヌは犬。僕の真似をしているに過ぎない”


 でも、自分の真似をしてくれて気持ちよさそうな犬を見ていると、妙に親近感が湧いてきた。

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