春は、あけぼの④
“ ニイタカヤマノボレ 一二〇八 ”
これは、昔太平洋戦争が始まった際に、かの有名な真珠湾攻撃の作戦実行を告げる電文。
残念ながら今日は12月8日ではないので、僕は12時8分に家を出た。
(※実際は1941年12月8日午前零時を期して戦闘行動を開始せよと言う意味の電文)
空が青い。
鶴見川の傍らには未だ鷺が居て、空の色をやや濃くした水面にその真っ白な自分の姿を映し、どこからか聞こえてくるヒバリの慌ただしい鳴き声と妙に調和する。
風に運ばれてくる潮風に混じる磯の香りと、工場の匂い。
ささやかな風の音と、車のエンジンの音。
太陽の光と、ビルの影。
緩やかな下り坂、僕の足はグングンと伸びる。
リーガ〇の皮靴よりも軽い、アシック〇のスニーカー。
痩せた僕じゃなく、太ったアネキが選んでくれた。
銀行のガラスに映る自分の姿。
“よしっ。今日はイケてる!”
そして僕は胸を張り、京急鶴見駅に吸い込まれて行った。
電車に乗ると、席がひとつだけ空いていた。
心の中で“ラッキー”と叫んで座る。
次の花月園前で、お婆さんが乗ってきたので、席を譲る。
お婆さんは、直ぐ降りるからと言って断ったけれど、僕だって横浜で乗り換えるから直ぐ降りるような物なので、座ってもらった。
二駅目の新子安でお婆さんは降りた。
降り際に「ありがとう」と言われて、いい気になっている間に空いた席に若いオバサンが座った。
いつもの僕なら、ムッとしていただろうけれど、その日は全然そういう気がしない。
ただ、車窓に流れて行く景色が楽しく感じられた。
「ロン行くよ!」
そう言うと、小躍りするようにロンは喜んでくれた。
少し早く駅に着くと、もう駅の前には住之江部長の姿があった。
「ごめんなさい。わざわざ遠くから来てもらって」
「い、いえ」
住之江部長は、横目でロンの事を気にして見ている。
「犬、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。親戚の家でもカナリアがいますから」
「よかった♪」
話を聞きながら、ロンはキチンとお座りをして、真直ぐに住之江部長を見ている。
撫でてもらうのを待っているのだ。
「待ちました?」
「い、いえ……す、少し早く着き過ぎて……で、でも、それは僕が勝手に早く来ただけで、そ、その何て言うか、自然が豊かな綺麗な街ですね」
「田舎ですから」
「い、いや、そ、そんなんじゃなくて、ほ、本当に好い所です。空は青いし、工場の匂いも無いし」
「ありがとうございます」
「わんっ!」
珍しくロンが吠えると、住之江部長は「わっ!」と驚いて飛び上がるように一歩下がった。
「すみません、いつも人のお迎えに連れて行くと、撫でてもらえると思っているので」
そう言ってロンの頭を撫でる。
「ぼ、僕にですか?」
「そう。見た目は大きくて怖いかも知れませんが、結構誰にでも甘えてフレンドリーなんですよ」
「な、撫でて、怒ったり噛んだりしませんか?」
「しないように躾けていますが、嫌がる事をされたら噛むかも知れません」
住之江部長は、恐る恐るロンの頭の上に手をかざし、ロンはその手をジッと見ている。
「ジ、ジッと見ていますが……」
「ゆっくり手を頭の上に降ろしてあげて下さい」
「こ、こうですか?」
住之江部長の手が、ロンの頭に触れる。
ロンは気持ちよさそうに、その手に身を預ける。
「か、可愛いですね。ふさふさして」
「ありがとうございます。では、行きましょう♪」





