春は、あけぼの②
ええい!ままよっ!戦争の真っただ中で、死を恐れる意味はない!
寧ろ相手にとって不足はない。
目の前に立ちはだかる最強イージス護衛艦『江角紘太朗丸』がどこで待ち構えていようとも、原子力潜水艦『滝クリ号』が潜んでいようとも、哨戒艇『森口美緒丸』がどこかでチョロチョロしていようが関係ない。
僕は最新鋭航空母艦『鮎沢千春』目掛け、迷うことなく特攻するのみ!
この愛機F-2改と共に。
“一撃必中! 欲張りません、勝つまでは。”
「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、住之江房人一層奮励努力セヨ!」
鏡を見ながらパリッとノリの利いたシャツの第一ボタンを留めた。
髪形も、朝シャンした時に姉ちゃんの勝負チューブ『HACCI|ハーブ×ハーブ シャンプー 240ml ¥3,240』を勝手に拝借した。そもそもこのシャンプーのふれ込みは『彼氏とシェアして使えるハチミツとハーブのシャンプー』なのだから、男の僕が使って悪かろうはずはない。
財布の中身はいつもより多め。
しかも紙幣はパリッとしたものを選抜し、もちろん規律正しく同じ向きに並んでいる。
小銭だって、二日間じっくり『国内産丸大豆無添加しょうゆ』で寝かせたあとオレンジクリーナーを掛けてピッカピカに仕上げたもの。
ハンカチは、親父が中国で安く買ってきたブランドものハンカチGUCHI 。
そしてスーツは洋服の〇山。
手にはノートパソコンも入る、革製の黒のバッグ。
家を出る前に姿見の前で我が身を覗き見る。
そこには立派な青年が居るじゃぁ~ないか。
後ろを通ったオカンに声を掛けられた。
「房人、今日は会社説明会かい。四年生にもなると大変だねぇ~」と。
“いやいや、どう見てもそれ違うっしょ。デートだよ、デート!”
と、心の中でオカンに呟く。
年老いた老婆の勘違いは放って置くとして、僕は急がなくてはならない。
と、靴を履こうとしたときに、後ろからグイっと襟足を掴まれた。
「フサト―!あんた勝手に私のシャンプー使ったでしょう!」
振り返って見ると、玄関先だと言うのにTシャツにパンツという、はしたない姉の姿。
「置き方が違っていたから、しらばっくれても無駄」
そう言うと、何故か意味もなく僕が念入りにセットした髪を、鷲のような手でクシャクシャにしてみせた。
「なーに?その恰好。どこかの面接でも受けに行くの?休日だって言うのにご苦労さんね。でも面接ぐらいで勝手に人のおとっとき使わないで頂戴!」





